投稿「東日本大震災後8年 津波被災地近くの診療所で取り組む」


東日本大震災後8年

津波被災地近くの診療所で取り組む

東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター世話人、宮城県保険医協会理事
北村 龍男

はじめに

 昨年3月、大震災後新築したお宅に訪問診療した時、大震災の時の様子を聞いた。「津波が来ると皆で2階に避難した。津波がおさまってほっとしたら、じいちゃん(訪問診療をしているばあちゃんの夫)がいないのに気が付いた」「ばあちゃんは、先日イタコに拝んでもらいに行って来た。じいちゃんは花畑にいると言われ、ばあちゃんは安心した」と娘さんから話を聞いた。さらに、「息子はここで子どもを育てたくないと別居することになった。私も孫にはここに来てほしくない。この地域に小さな子は2人しかいない。あと何年かすると、ここに住む人はいなくなる」と続けた。改めて、被災者の心の中を見た思いがした、患者さん達の大震災への想いを聞いてみることが必要と考え、診療の後にそれぞれの大震災の影響や今の心配ごとについて聞いてみることにした。
 当院は蒲生海岸から約5km、津波は500mまで迫った。通院していた患者さんの中に多くの一部負担金免除該当者(以下、該当者)がいた。しかし、大震災の被災者は該当者だけではない。ほとんどすべての外来・訪問診療の患者さんが、何らかの被害を受けていた(以下、被災者)。
 被災者の状況を改めて振り返り、津波被災地近くでの診療の現場で見たこと、聴いたこと、患者さんの抱えている心配ごとを確認し、問題の根源を探り、これからの取り組みについて考える必要がある。
 創造的復興の「成果」の報道は多いが、被災者の心配ごと、抱えている問題への関心は少なくなり、被災者自身も大震災を話題にすることは少なくなっている。被災者の話を聞き、被災者の思いを受け止め、問題解決を目指すには、日常的に被災者と接する医師・歯科医師の役割は大きい。
 また、大震災の後にも、各地で大きな災害が起きている。小さな経験でも伝えておくことは重要であろう。

1.被災者・被災地の状況

11.外来・訪問診療で聞いたこと
 約1年前、18年3−5月に、外来或いは訪問診療の後に通院患者、訪問患者、及び家族に、大震災の影響、心配ごとについて聞きメモを取った。
 該当者を含めた被災者217名に聞くことが出来た。影響ありと答えたのは88名であった。複数回答で163件の心配ごとをあげていた。心の問題53名、家族の問題20名、お金の問題16名、身体の問題14名、住まいの問題12名があげた。

図1.被災者の心配ごと


 217名のうち該当者は91名であった。そのうち45名が2011年7月~13年3月のみ全壊・大規模半壊・半壊、及び生計維持者に収入なしが要件の該当者(以下、前期該当群)であった。残りの36名は14年4月~16年3月の期間も全壊・大規模半壊、及び非課税世帯が要件の該当者(以下、継続該当群)であった。大震災の影響ありと答えたのは、前期該当群では20名44%、継続該当群では25名70%があげた。前期該当群の心配ごとは複数回答で計29件で、心の問題14名、お金の問題6名、家族の問題3名であった。継続該当群では計61件、心の問題14名、身体の問題9名、住まいの問題8名であった。心の問題・身体の問題は「健康」の問題であり、引き続き一部負担金免除が必要であったことを伺わせる。住まいの問題の指摘も継続該当群で多い。

図2.前期免除群の心配ごと


図3.継続該当群の心配ごと


以下、特徴的心配ごとについて述べる。
111.心の問題
 「地震のアラームで動悸」「うつ病で通院するようになった」「当時の映像を見ると泣く」「テレビで当時のことを映すと消す」「情報を得ないようにしている」などの答えがあった。
 心配ごとに心の問題を挙げている人は不眠症、うつ病、不安神経症などの疾患名が多く、併せて、お金の問題、家族の問題、医療費の問題を挙げている人が多い。
112.身体の問題
 継続該当群では、心の問題とともに身体の問題を訴えている人が多い。医療の継続が必要であり、少なくともこの群では免除継続が引き続き必要であった。
 例えば、血圧など慢性疾患のコントロール悪化、認知障害の進行、(アルコールの多飲で)肝機能の悪化、癌の進行などで大震災の影響があり、闘病生活が一層困難となった症例が少なくない。
 被災者217名の内、大震災のことは覚えていない(或いは、家族が「覚えていないと思う」)という被災者が14名いた。この中には、避難所で認知症を発症した人もいる。
113.家族の問題
 「夫が津波の犠牲になった」「親族5人が津波で流された」「夫の精神疾患の悪化で人生が変わった」「息子家族と別居」「嫁が実家に戻って帰ってこない」「孫が避難所でいじめにあった」などの回答があった。家族の絆が強くなった事例もあるが、兄弟、嫁姑が震災後の同居(避難)生活でもめ事があり「縁を切った」状態の事例もある。この問題は心の問題とも深く関わっている。
114.住まい、特に復興住宅の問題
 復興住宅に住む18人のうち12人が心の問題を訴えている。復興住宅に住む人には「孤独死がみられる」「いつまでここにいられるのか?」「家賃の支払いが始まることを考えると心が折れそう」などの声がある。復興住宅の巡回に対する支援金が打ち切られることへの不安が大きい。引き続き支援が求められる。
 住宅は津波で破壊されたが、現在復興住宅に住んでいる被災者の抱えている問題−例えば、家賃の支払い、支援室廃止の不安、あすと長町の日当たり問題−は、行政の支援により解決、軽減することができる。支援継続が必要である。

12.事例

 以下、診療活動の中で経験した事例について述べる。
121.事例1
 発災当時60歳代、女性。震災後もアルツハイマー型認知症で外来通院していた。2017年5月に膝が痛いと連絡あり往診した。周辺は解体した住宅が多いらしくまばら。奥まった6畳ほどの部屋に入ると敷きっぱなしの布団に寝ていた。右膝が腫れて動けない。整形外科に紹介することになった。診察が終わって部屋を見回した。床から2M近くの壁に線がある。聴いてみると「あそこまで津波が来た」という。改めて窓を見ると、窓は一面透明のビニールシートが貼ってあり、開けられない。在宅避難者であった。入院先で偽痛風発作と診断された。3人家族(本人、夫、ひきこもりの次男)であるが、本人が夫に対し怒りをあらわにするなど、家族間のわだかまりがある。家族の介護力が不足のため、病院では退院時に地域包括支援センターが中心に個別ケア会議を行い検討した上で自宅退院となった。退院後徘徊があり、地域包括支援センターが中心になり対応策を検討し、警察の力も借りて、行方不明時の対応策をきめた。その後、出血性胃潰瘍で入院した。入院先の情報提供書によると「入院中に暴言・暴力や従命不能がしばしば有り、また、拒食・拒薬があるため」「精神科病院での療養をとの方針」になった。
  認知症の悪化、家族間のわだかまりなどで避難所生活が困難で、在宅避難を選択したと 考えられる。在宅避難の劣悪な住環境と周りからの支援のない在宅避難は一層の認知症 の悪化をもたらした。この事例は自宅再建は困難な経済状態と推測される。
122.事例2

 夫Kさん、妻Mさんは発災時60歳代であった。お二人とも以前当院に通院歴があった。当院に再度来院した2014年9月には、Kさんは、高血圧、消化器疾患、うつ病、腰部脊柱管狭窄症で4医療機関に通院していた。Mさんは視力障害、不眠症、うつ病で2医療機関に通院していた。お二人とも不眠とイライラを訴え、Kさんは仮設住宅のパイプベットで身体の痛み、さらに夜間頻尿、食欲低下も訴えていた。Mさんは、仮設住宅で隣人の干渉があり、外に出られないでいた。13年度に津波被災土地を市に売却した収入により、課税対象となり、免除が取り消され、医療費一部負担金の支払い、交通費負担が困難になったと涙を流しながら訴え、当院での一括した処方を希望した。
 Kさんは、戸建ての災害住宅に入居後に、脳出血で突然亡くなった。現在Mさんは一人暮らし、ディサービスを利用しているが、迎えが来ても出かけることが出来ないことがあり定期的に利用できない。また、近親者とのトラブルが続いている。地域包括支援センターとケアマネジャーが見守りを続け、当院には断続的に通院している。
 戸建ての災害住宅で周囲との交流は少ない。近親者との交流はあるが、近親者の間にト ラブルもある。ケアマネジャー、地域包括担当者の取り組みが力になっている。
123.事例3

 発災当時50歳代、女性。大震災の後不眠で時々眠剤を服用してえいた。2017年10月より、頚痛・肩こり・めまい・吐き気等の訴えで、内科・耳鼻咽喉科・脳外科・精神科に通院したが、症状改善しないと2018年1月当院受診した。初診時に「一番困っているのは、眠れないこと。眠剤を毎日服用するのは抵抗がある。精神科から貰っている眠剤は時々服用している。近くに石炭火力発電所が出来、ゴミが多く、喉が痛い、臭いがして窓を開けられない、洗濯物を干せない。ストレスを感じる。寝るのが怖いと感じるようになった」と訴えた。震災で自宅は全壊し再建したので、近くに石炭火力発電所ができても転居することもできない。受診後約1年、訴えは少なくなったが、家では外に面していない部屋で過ごす、寝るのもその部屋である。
 津波と創造的復興の二重の犠牲者である。仙台パワーステション稼働差止訴訟原告団に紹介した。

2.被災者の問題にどう取り組むか?「かかりつけ医」の役割は?

 被災者の抱えている問題の困難さは、国・自治体の対応の不適切さが増幅させた。政策的配慮で、解決は出来なくとも、軽減することが可能であったと推測される。宮城県が掲げた「創造的復興」について検証が必要である。
 東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター(以下、県民センター)は、3月8日「東日本大震災から8年 私たちの見解」を発表した。見解は「復興を憲法13条に定める『幸福追求権』の精神に基づいて、被災者一人ひとりに手繰り寄せ、被災者が納得できるものに転換することは、今ならまだ、ぎりぎり可能です。」と述べている。
 東日本大震災には多彩な被災があり、多彩な対応が求められる。日常の診療の中で、被災者に接する地域の医師・歯科医師はどう被災者に向きあったらいいか?
21.被災者の問題に関心を持ち、問いかける
211.受診者への取り組み
 外来・訪問診療の折りに問いかけて、改めて、該当者だけでなく、多くの被災者に大震災の影響が残っていることがはっきりした。しかし、被災者が自ら抱えている問題を話すことは少なくなっている。被災者・被災地の抱えている問題を明らかにするには、関心をもち、まず聞いてみることが必要である。
 患者の抱えている症状、特に心の問題、身体の問題には、大震災の影響が関わっていることが見られる。患者さんの状態を全体として把握するためにも、被災地では大震災の影響を聞くことが欠かせない。
 一方、患者の日常の状態を知るのは、家族の他にヘルパーであり、ケアマネジャーである。これら他職種などとの情報共有は欠かせない。
212.未受診者への取り組み
 孤独死や地域包括ケア会議で取り上げられる困難事例には、医療や介護サービスを利用していない被災者がいる。特に、一部負担金免除が継続されないことで、医療・介護サービスを利用を取りやめた人がいると思われる。免除の中止は、生活・健康の復興のきっかけの芽を摘んでいるのでないか。未受診被災者の問題は、座って待っていても把握することが出来ない。アンテナを高くあげることが求められ、地域の情報に関心をもち、相談してもらえる診療姿勢や他職種との日常的な連携が必要である。

22.被災者の問題にどう取り組む
221.医療費の負担軽減の取り組み
 当院の結果では、一部負担金免除についてふれた回答は少ない。恐らく、通院或いは訪問診療中の対象者のためであろう。また、特に継続該当群では、医療を必要としている被災者は多く、この群では更なる免除継続が必要と推定される。
 これまで宮城県保険医協会、県民センターでも仮設住宅、或いは災害公営住宅等で医療費一部負担金に関するアンケート調査を行ってきた。ここでは宮城民医連の調査を取り上げる。
 宮城民医連の災害公営住宅調査(2016年9月10~11日)では、563人より回答を得た。持病のある人が7割いて、持病を持つ被災者の場合、生活に余裕のあるでは0%、普通5%、苦しいでは8%が未受診であった。一部負担金免除されているでは4%、免除されていないでは9%が非受診であった。あわせて、一部負担金免除について74%が「復活してほしい」と回答している。災害公営住宅などの被災者には多くの未受診者がいる。引き続き一部負担金免除が必要である。(原文の表現を一部改変)
 3.11前後の報道では、「被災者支援室を廃止、仙台市3月末(河北、19/1/30)」「東日本大震災から8年 生かされない教訓 「在宅被災者」(NHK,19/3/6)」「孤独の防止 見えぬ解(河北、19/3/7)」「孤独死防止、続く自治会の模索、個人情報届かず、緊急時どう対応(赤旗、19/3/10)」などの災害公営住宅での孤立や孤独死の記事が散見された。
 一部負担金免除は、被災者に医療・介護サービスの利用を継続するきっかけになった。この教訓は大きい。社会保障と税の一体改革で、一部負担金の負担増が進められている。必要な医療・介護サービスを利用するためには、一部負担金はゼロが望ましい。少なくとも軽減が必要である。
222.多職種連携を生かし、受診・介護サービスの利用につなげる
 特に高齢者が困難を抱えている場合、積極的に介護サービスの利用を進めたい。高齢者で要支援・要介護状態であっても、医療・介護を利用していない方を見かける。医療に不信感を持ち「無駄だ。金がかかるだけ」等と、病状の悪化ではじめて医療利用を開始する例を見かける。中には孤独死に至る方もいると推測される。
 必要な医療・介護サービスを利用していない場合、或いは中断した場合には、ケアマネジャー、地域包括支援センター、生活保護受給者では保護課などとの連携が有意義である。
223.(地域包括)個別ケア会議、サービス担当者会議の活用
 地域包括支援センターは、介護予防ケアマネジメント事業として介護予防等のケアプランの作成などを行う他、総合相談・支援事業として住民の多種多様な相談を幅広く受け付けて、制度横断的な支援を実施する等の役割もある。
 非受診者などの困難事例の解決には、ケアマネジャーが主宰のサービス担当者会議や地域包括支援センターによる(地域包括ケア会議のうち困難事例を検討する)個別ケア会議がある。
 当院では、必要な医療・介護サービスを利用していない患者について、ケアマネジャーにサービス担当者会議、或いは地域包括支援センターに個別ケア会議開催を依頼する。
 大震災の影響で問題を抱えていても、医師や医療機関が独自の対応で問題解決の糸口を見つけることは難しい。サービス担当者会議や個別ケア会議では、衆知を集めることで解決の糸口を見つけることがある。積極的に地域包括支援センターやケアマネジャーに問題を投げかけ、地域包括ケアシステムで位置付けられている資源の利用を提起したい。
 これまでの経験では、サービス担当者会議や個別ケア会議に医師が参加することは前提とされていない。会議開催に当たって意見を求められるか、会議の報告に止まっていることが多い。医師の姿勢の問題というよりは、ケアマネジャーや地域包括支援センターから声がかからないのは医師への負担に対する配慮と見受けられる。しかし、医師・医療機関だけで、或いは医師・医療機関抜きで、困難事例の問題を解決できないことは自明である。医師の側からの積極的な問題提起、関わりが必要である。
224.市民運動につなげる。
 石炭火力発電所の近くで暮らし、症状の悪化のあった被災者を、差止裁判の原告団に紹介した。震災の影響は医療・介護だけで解決できない。被災者の持っている問題を市民運動につなげることが有意義なこともある。被災者には創造的復興の問題を知り、原告団の活動の力になって貰いたい。

まとめ

・大震災、特に津波による影響は、住民に多彩な形で現れている。津波の直接の影響、 行政の被災者への不適切な対応、創造的復興による新たな事態が多彩な災害・困難をもたらしている。更に、被災者の貧富の差などにより被災の影響は様々である。
・被災者の抱えている問題を知るには、問いかけてみることが必要である。また、アンテナを高くすることも求められる。
・具体的な対応では、当然、多彩な取り組みが求められる。特に、困難を抱えている被災者の問題には、地域包括支援センターやケアマネジャーとの連携にも目を向けたい。高齢被災者では介護サービスの利用は欠かせない。
・市民運動の活動との協力も課題である。
・被災者の問題の取り組みを粘り強く継続し、根本的な解決を目指すためには、被災者の問題の根源を明らかにすることが必要である。県民センターの重要な役割の一つである。

資料

北村龍男:東日本大震災後7年−一部負担金免免除該当者のその後、医療費など支援が必 要−、日本臨床内科医会会誌、33:(4):395、2018
北村龍男:東日本大震災後7年−被災者の心配事、復興住宅・医療費など支援が必要−、 日本臨床内科医会会誌、33:(5):553,2019
北村龍男:東日本大震災被災者への医療費一部負担金免除要件の変遷−被災者にもたらし た不安と混乱−、日本臨床内科医会会誌、31:(5):789−791,2017
民医連新聞、第1640号(2017年3月20日)
東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター:東日本大震災から8年 私たちの見  解、2019年3月8日

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