投稿「当院の訪問診療、『人生の最終段階』に対する取り組み ~こーぷ福祉会での講話~」


当院の訪問診療、「人生の最終段階」に対する取り組み

~こーぷ福祉会での講話~

宮城県保険医協会理事、北村神経内科クリニック院長 北村 龍男

はじめに
 こーぷ福祉会で、介護職の方達に、訪問診療の話をする機会を頂いた。保険医協会の「出前健康講座」の一環であったので、内容を報告する。話の進め方は、前もって頂いた質問に答えるという様にした。この小文では、質問に答えた講話、意見交換、さらに文章を整理しながら補充しまとめた。
 在宅医療や「人生の最終段階」の医療では「どのような診療・治療を行うか」は患者(家族)の意思が重要である。医師はそれに沿って治療に当たるのが基本である。決定権は、患者(家族)にある。しかし、医師として、或いは医療機関の体制上、受け入れられない場合もある。一人一人の医師のやれることは限られている。患者・家族に取ってどのような考えの医師を主治医とするかは重要になる。そのため、医師の側からは、自分の考えを、患者(家族)に知らせておく必要がある。当院では、当院の訪問診療の内容を大まかに知って貰うためリーフレット「在宅療養を応援します」を発行し、訪問診療を希望する方にはリーフレットを読んで貰っている。
 訪問診療の対象の方は、身体的・精神的にいろいろな困難を抱えている。訪問診療を行う医師にとって、重要なことは患者の生きる意欲を見逃さないことである。
 本文は、介護職の方を対象に書いたものであるが、これから訪問診療をはじめようとする会員先生方の参考になればとの思いも込めて書いた。医師それぞれの思いや、医療機関の体制などで、訪問診療のあり方の答えは一つでない。こんなやり方の訪問診療もあると、参考にしていただければ幸いである。

1.当院の訪問診療
11.訪問診療の対象疾患、複数疾患が特徴。

 循環器疾患60%以上、認知症50%以上、脳血管疾患30%以上、骨折・筋骨格系疾患20%以上(H26、中医協検証部会調査)というデータがある。合計が100%を超えているのは、複数の疾患を持っているためである。
112.複数の疾患を持つのは、訪問診療患者の特徴である。
 事例1:80才代、女性 大動脈瘤、子宮筋腫、認知症、糖尿病、大腿骨骨折、腰椎圧迫骨折、期外収縮、高血圧、繰り返す不明熱、他。大動脈瘤は○○センターで経過を見ている。手術は行わないで、家族も急変があり得ることを確認している。
 注)介護の現場では、主治医意見書で診断名を確認すると思う。主治医意見書の診断名は、「特定疾病または生活機能低下の直接原因となっている傷病名をまず記入」することになっている。この事例では、診断名1.にアルツハイマー型認知症を記載した。主治医意見書だけでは、患者さんの全体像を把握できないことが多い。
113.他医療機関との連携、診療依頼
〈急性疾患の場合〉
 高熱、意識レベルの低下、激しい痛みなどで病院受診を勧めることがある。助かる、或いは改善する状態を、「人生の最終段階」ではないかと早すぎる判断は避けたい。最近は、たらい回しにされるようなことは少なくなり、ほとんどの病院が積極的に対応してくれる。入院治療が必要のない事例は、引き続き訪問診療を受け入れる。
〈慢性疾患の場合〉
 訪問診療患者は、複数の多彩な疾患をもっている。急性疾患ではないが、自分ではでは対応できない場合があり、他診療科の医師のアドバイス、依頼が必要な事例がある。
 歯科、皮膚科、耳鼻科、眼科、外科などの医師に訪問診療を依頼する場合がある。私は、治療を試みて、改善が思わしくない時は、専門医に依頼する。患者にとっても、私にとっても大変助かる。例えば、継続的な治療が必要な重症褥瘡を外科に依頼する場合、訪問診療料2ができたので、依頼しやすくなっている。

12.訪問診療患者の状態、

121.いろいろな事例がある。共通するのは通院が困難ということ。
 通院困難の原因は、本人の病状が一番であるが、家族の状態・都合等でも訪問診療の依頼がある。家族の状態の中には、介護する人手がない、或いは経済的問題がある。余裕が無く訪問診療を選べない、或いは余裕があるので訪問診療を選ぶこともある。
 注)当院は月1回の訪問診療を基本としている。病状からの判断だけで無く経済的負担軽減の意味もある。
 事例2:80才代、女性 股関節症、膝関節症、廃用症候群、認知症。震災時、避難所で褥瘡ができ、以来訪問診療を行っている。その後、副腎皮質ホルモン機能低下症、皮膚癌、繰り返す褥瘡などに罹患した。要介護⑤でディサービスを利用しているが、現在は自宅ではベッド上のみの生活になっている。訪問診療はどうしても必要な事例である。
 事例3:80才代、女性 大腸癌術後、大動脈瘤、廃用症候群等。室内・庭の移動は自立。介護認定未申請。タクシーや家族の運転で通院可能な状態であるが、通院するとすれば、本人・家族の負担は大きい。比較的経済的に余裕があり、訪問診療を選んだと思われる。
 注)医師によっては、訪問診療の対象でないとお断りすることがある事例もあるかもしれない。
122.通院が困難でも通院
 事例4:80才代、女性 経鼻カテーテルの交換のため通院していた。移動は臥位になれる車椅子であった。ご家族が胃瘻造設を拒否し、看護小規模多機能入所していた。胃瘻造設がより安全で管理しやすいと入院中に勧められたが、家族は経鼻カテーテルを選択していた。また、医師が施設に赴き経鼻カテーテルを交換した方がはるかに、患者負担が少ないが、看護小規模多機能に入所し、往診に制限(訪問診療は不可)があるため、通院になった。
 注)介護施設によって、利用出来る医療サービスが異なる。在宅療養の保険請求は、大変複雑なので、機会があれば、介護職も大まかな診療報酬制度上の内容を知って欲しい。

13.どのような経過で、訪問診療になるか。

131.医療機関、或いは介護施設からの紹介
 事例5:60才代、女性 脳幹梗塞、糖尿病。慢性気管支炎、右麻痺、構音障害、他。要介護⑤。はじめに訪問診療の依頼があったときは、24時間の対応が困難なためお断りした。入院中の病院の勧めで、支援診療所との契約を行ったが、それを破棄して、当院の訪問を再度依頼してきた。月2回の訪問の経済的負担でお断りしたらしい。24時間体制はとれないことを確認した上で訪問診療を契約した。身障1級で負担金は償還されるはずだが、5カ月ほど支払いが滞った時期もあった。障害年金等の社会資源を利用を開始した。しかし、その後も負担金の滞納を繰り返している。
 注)障害年金申請の手続きを家族は司法書士に依頼した。手数料は年金支払額の数カ月分が相場らしい。司法書士はネットで娘が見つけた。CMや区役所等になぜ相談しなかったと聞いたら、相談したが動いてくれなかったという返事だった。行政を含め、CM等には過重な労働状態があるためと思う。
132.医師が勧める
 少しでも移動動作が自立している場合、通院が望ましい。動く機会になると考えているが、以下のケースは私から勧めた。
 事例6:90才代、男性 肺気腫(陳旧性肺結核)、陳旧性胸腰椎圧迫骨折、うっ血性心不全、他の情報提供書を持って転居してきた。初回の外来受診時に、診療所内の移動で肩呼吸、喘鳴あり。転居先は当院から約300Mであったが、来院途中で3回休んだと聞いて、私の方から訪問診療を勧めた。訪問時に「(通院しないので)助かる」と言われる。
133.患者・家族からの依頼
 事例7:90才代、女性 これまでの主治医に訪問診療を依頼し断られ、当院に訪問診療依頼が来た。介護認定未申請。この方は、近くには1人で買い物に行き、文芸春秋などを読んでいる。昼間1人で風呂に入る。あまり手のかからない方である。家族にしてみると、手をかけている余裕がないということか? 家族都合の訪問診療? 大きな農家で忙しく、一方経済的には余裕があるのかもしれない。
134.訪問診療の対象
 通院に困難を伴い、患者(家族)が希望すれば、誰でも対象になりうる。日常生活は自立していても、訪問診療を希望するにはそれなりの理由がある。
 高齢者、特に要介護高齢者にとっても、家族にとっても、外来通院は身体的にも、精神的にも、交通費など経済的にも負担は大きい。
 他院に通院し、数年受診せず、家族が薬をもらいに来るだけとかかりつけ医から紹介された事例も少なくない。これらのケースでは、病状が安定している場合には、訪問は2ヶ月1回にしている事例もある。

14.24時間対応は必要か

 当院は支援診療所の届け出を出している。患者・家族の希望、当院の体制により、24時間体制の契約をした事例もあるが、例外的である。最近、当院で訪問診療を実施して方で、発熱等で入院を機会に、入院先の病院から24時間体制の訪問診療に移る事例がある。
 しかし、急変時の対応を心配して24時間訪問を選ぶ意味はあまりないのではと考えている。例えば、誤嚥性肺炎、脳血管障害、心筋梗塞などを発症して、救命・回復を念頭に置いての対応は、救急搬送を選ぶべきであろう。そのような場合、往診しそこで判断しての対応は遅きに失する。
 24時間対応で何をやるか? 24時間対応の訪問診療は、患者の診療と言うよりも、家族、介護者の安心のためになっているのでないか?
 24時間対応よりも、療養病床等の入院、或いは介護医療院、などの選択を勧めたい。
 注)この様な発想は、救急対応の可能な病院が充実している仙台だから可能である。全県的に見れば、救急に対応する医療機関の不足は明白である。
 注)訪問診療をやるか、やらないか。24時間体制にするか、時間限定にするか。これは医師がどんな医療を目指しているかと言う問題である。さらには、診療所の経営事情も関わることであり、地域の医療機関の状況も関わる。
 事例8:90才代、男性 ヘビースモーカーで肺気腫。食べる意欲有り、かきこむように食べ、誤嚥性肺炎を繰り返し、月の半分を病院で過ごすような状態を繰り返した。当初は在宅であったが、介護付き有料老人ホームに入所。介護付き有料老人ホームでも、誤嚥性肺炎を繰り返すため、呼吸器疾患を中心に診療しているクリニックが経営しているサ高住に入所した。この事例では、”この”サ高住への入所は選択肢の一つであったと思う。
 事例9:90才代、女性 フレイル状態。自発言語はほとんどないが、意思表示ははっきりしていた。発熱で入院し、退院にあたり、24時間対応の訪問診療を紹介され、転院した。ご家族は転院にあたり、本人には相談せず、契約してから本人に報告したところ、主治医の変更を泣いて暴れた。この事例の場合、最終段階と判断したとすれば、24時間対応で何をやるのか、最終段階でないとすれば、訪問診療でどんな対応をするのか。24時間対応の訪問診療は必要か?発熱時などには救急が望ましいのではないか?病院がそれを避けた?

2.最終段階と決める前に

21.食べられなくなったとき
 食べるは、生きる意欲があること。
 誰だって食べたくなくなることはある。一時的な病状ではないか? そのことを、どうやって判断するか? 時間稼ぎをする。 皮下注による点滴を実施し、食べる意欲がでるかもしれないと待つ。
 事例10:当時80才代、女性 認知症、両側大腿骨骨折後、誤嚥性肺炎後。数回目の誤嚥性肺炎での入院後には、入院先の主治医は半ば怒って、「看取りをお願いします」という情報提供書をもって退院してきた。更なる誤嚥性肺炎を危惧し、経口は禁止されていた。指示通り少量の点滴で経過を見ていた。しかし、家族が食べたそうにすると気づいたので経口を開始してみた。また、血管確保が困難なため、皮下注に切り替えた。その後皮下注をやめ経口摂取のみとなった。4年半後に死亡した。この事例で大切なことは家族が食べたそうにすると気づいたこと。また、皮下注だからこそ、長く管理ができた。
 事例11:80才代、女性 認知症、誤嚥性肺炎後。中心静脈栄養で、「自宅で看取りとなる可能性を説明しております」との情報提供書をもって退院してきた。中心静脈栄養は感染の危険あり、皮下注に変更した。経口はアイスクリームから開始した。こういうときアイスクリームから経口をはじめることを勧めている。アイスクリームは値段の高いアイスクリームを勧める。カロリーが高いため。現在は、夏は外来通院、冬は訪問診療になっている。
 注)このような事例をいくつか経験し、在宅療養患者、高齢者を診てゆくうえで「人生最後の段階のGL」をどう見るかということを考えさせられた。
 事例12:当時80才代、女性 食べなくなり、血圧低下。コルチゾールが低置で副腎皮質ホルモン機能低下症と診断した。フロリネフを処方し、定期的に皮下注も続けた。娘さんは、毎日のように施設に通い、経口の介護をしていた。このことも患者さんには励ましになったと思う。
22.専門医への依頼
 食べない、食べられない原因には、①食べる意欲がない、②嚥下ができない。
 ①の場合。皮下注で水分を補い経過をみる。皮下注を行っていると、経口接種の意欲を回復する事例がある。
 ②の場合、専門医へ紹介し、相談している。身近に嚥下障害に積極的に取り組んでいる歯科医師がいるので、胃瘻、食道瘻からの脱却にも依頼している。
 注)仙台だからできることか?
 注)介護施設では、独自のルートで、歯科医に相談することが多くなっている。
 注)嚥下障害に取り組んでいるのは、歯科、耳鼻科、リハ科。積極的な先生が多いのは歯科?

23.胃瘻について

231.最近の傾向
 患者・家族は胃瘻を希望しない。「人生の最終段階」に近いと判断した時には、選択肢の一つに胃瘻造設を上げ、ご家族に説明はするが、この数年、患者・家族から、胃瘻造設を希望されたことはない。
 私も、例外はあるが胃瘻を勧めない。但し、本人が意思表示をできる場合には、胃瘻造設の意味はある。
232.最近、(入院中に)医師のすすめで行われる胃瘻
 入院し、例えば肺炎が回復しても、食べない場合に、患者・家族は、①「後は、看取り」、②「胃瘻を作って退院」の選択肢を示されることがある。特に介護施設に退院する場合は、胃瘻造設が勧められることがある。
233.胃瘻造設が必要な方もいる
 2014年の診療報酬改定で、「入院から在宅へ」と誘導がはかられた。胃瘻造設の要件が厳しくなり、大幅に減点された。マスコミでも胃瘻造設のマイナス面が報道された。
 当院患者で、04年から14年に32例が胃瘻造設していた。まとめをしているので紹介する。
 食べられなくなった時、症例によっては有効な手段。選択肢の一つ。
 ①患者自身の意思確認し、急性期外の胃瘻造設事例(喉頭がん、筋ジストロフィー、ALS,多発性脳梗塞、肝性脳症)では、造設後、生き生きした生活を過ごした。
 事例13:70才代、男性 術後の放射線療法後、嚥下困難のため造設。嚥下、発声以外の日常生活動作はほぼ自立し、外来通院していた。
 事例14:70才代、男性 筋ジストロフィー。人工呼吸器を使用、胃管で退院し、訪問診療を行っていた。手文字で意思疎通、喀痰吸引は自分で行っていた。胃管挿入困難のため胃瘻に切り替えた。
 事例15:60才代、女性 ALS.病状の進行に伴い造設。前もって、症状が進行し嚥下が困難になったら造設すると確認していた。
 ②患者自身の意思確認はできなかったが家族の思いは「生きていてほしい」「自宅で介護したい」「自宅で看取りたい」と、自ら介護を希望している方が造設を希望している場場合、家族の胃瘻に対する思いは肯定的である。
 ③延命のための造設、医師のすすめによる造設、他に選択肢がないとして胃瘻造設例。家族の胃瘻に対する思いは複雑で否定的であることが多い。施設受け入れなどの医療・介護の側の都合での胃瘻造設には疑問がある。

24.死に向かう身体と心の変化

 訪問診療の対象者は、長い目で見れば、全ての方が死に向かっていると考えてよいのだろう。しかし、私自身はあまりそのことについて考えたことはない。「人生の最終段階」と患者・家族と確認までは、実際にはどう生きて貰うかを考えている。そのために、特に身体的には、生きる意欲・変化を見逃さないようにと考えている。
241.身体的変化について
 食べる意欲があるか? 食べることができるか? このことが最も重要である。
 その上で、以下の点について確認する。
 フレイル状態では、経過の確認が必要である。勧められている確認方法、例えば、下腿囲。重要であり、知っていてほしいことであるが、〇〇cmだからフレイルと確認するだけではなく、経過を見ることがより重要である。
 はっきり指摘できる原因が確認できない事例では、次項のような家族への説明、意見交換が必要である。その前に、少なくとも、診察、自院でできる検査は行い病状を確認する。 ①分かっていること、②分からないことを家族に伝える。分からないことがあるときには、精査の希望について、確認する。病状の確認が重要であると同時に、家族に「十分に看た」と思って貰い、悔いを残さないようにするためにも大切である。
242.心の変化について
 訪問診療の対象者は、「人生の最終段階」では、死に対する大きな動揺を訴えることを経験しない。家族も同様である。
 以前は、「最終段階」で、「何故、病院に入院させなかった?」などと、親族間で言い争うことがあったが最近はない。患者・家族と医師の関係と言うよりも、社会全体の受け止めが変わってきたように感じる。
243.尊厳死について
 訪問診療よりは、外来診療で「死にたい」と訴える患者さんにはよく遭遇する。しかし、それは尊厳死の問題ではなく、尊厳死について、深く考えたことはない。現段階では「私の仕事の範囲内のことではない」と受け止めている。

3.看取り

31.家庭での看取り。 家族への説明。
 訪問診療では、看取りは必ず迎えることです。
 食べなくなったときに、ご家族との話し合い、意見交換を持ちます。この場合、決定権をもつ家族に来て貰う。
 ① 病状の説明。何が起こっているか。
 ② 自院で行う予定の検査について。
 ③ 治療方針、特に点滴(皮下注)について。
 ④ 精査の希望の有無について。訪問診療、当院外来で十分な検査はできない。総合病院などの受診について希望を聞く。ご家族が、後に悔いを残さないように。戻ってくることになれば、引き続き訪問診療を行うことを伝える。
 ⑤ 胃瘻、人工呼吸などについて選択肢の一つとして説明する。
 ⑥ 人生の最終段階、ACP、人生会議について説明する。「事前確認書」の確認を行う。(「確認書」は、前もって渡す、繰り返し内容の変更は可能であることも説明する)
32.家庭での看取り。 印象深い事例。
 事例16:70才代、女性 6年前に胃癌の診断を受けたが積極的を希望しなかった。発症6年後11月に、嘔気嘔吐あり、進行胃癌が再確認され、総合病院を紹介されたが受診しなかった。翌年6月、通院困難となり、訪問診療・定期的点滴を開始した。ほとんど経口摂取ができない状態が続き、8月に本人から、「今年一杯は生きたい」「点滴だけではだめですよね」と話があった。中心静脈栄養の話をしたところ、希望し、近くの総合病院で対応をして貰い、在宅で中心静脈を開始した。一時、コンビニへの買い物、郵便出し等に外出できる様になった。10月、黒色便、心窩部痛を訴え、中心静脈栄養の継続を希望しないと意思表示あり、亡くなった。
 この事例では、訪問診療を開始するときから、本人の部屋で、毎月サービス担当者会議を開催し、診療方針を確認した。

 事例17:90才代、女性 一人暮らし。認知症なし。2008年に訪問診療開始。2015年右大腿骨頸部骨折、室内杖歩行可まで回復した。2017年胸腰椎圧迫骨折、尿路感染症で入院し、一人暮らしのため老健施設に退院した。左頭骨神経麻痺を発症し、施設で治療できないと自宅にもどることを希望した。キーパースンの姪を中心に、親族・ヘルパー・訪問看護師で介護に当たった。その1カ月半後発熱、経口不可となる。「病院に行くか?」と聞くと頷き、入院したが、病状改善しなかった。姪より「家で逝きたいと言っていたので、連れて帰りたい」と電話あり。次いで、主治医より「血管確保できないので、中心静脈栄養にしています。酸素は15L使っています。良いでしょうか」と確認の電話あった。退院し4日目の午前3時50分に心肺停止した。
 注)お二人とも壮絶な死であった。「人生の最終段階」の取り組みであり、できる限り、医療・介護も、患者の意向に寄り添った事例である。
33.「人生の最終段階」の患者
 死が避けられない判断した患者です。回復の可能性があるうちは、「最終段階」と決めないことにしているが、(患者)・家族や関わっている医療・介護者やに話をした上で、「最終段階」であることを確認をする。
 例えば、①(末期)がん、②食べられなくなり、回復の兆しがない場合です。②には、判断に一定の時間をかける必要がある。
 「人生の最終段階」と確認されたら、後は、可能な限り患者・家族の意向にそうようにしたい。
 前掲、事例16、17は、最後まで本人の意思がはっきりしていたため、本人の意思を確認し、それに寄り添うよう努めることができた。
34.「人生の最終段階」の医療・介護の決定プロセスに関するガイドラインについて
 厚労省から「人生の最終段階」のガイドラインが示され、①ACP等(人生会議)の意思決定支援の普及・定着に向けた取り組み、②人生の最終段階における多職種による医療・ケアの取り組みが強く勧められている。
 私が心配なのは、「最後の段階」の定義が明示されていないため早すぎる判断をすること。いつからが「人生の最終段階」か? 特に、麻生財務大臣などの言動を考えると不安が募る。
 注)最近訪問診療していた方が発熱し、入院。回復し、療養病床に移った。療養病床への転院にあたって、胃瘻・人工呼吸器の確認を受けている。家族はどう返事して良いかと迷い相談に来た。
 2018年の診療報酬改定で、療養病床の在宅患者支援療養病床初期加算、地域包括ケア病棟入院料・入院医療管理料の在宅患者支援病床初期加算で、GLを踏まえて入院時に治療方針に関する意思決定に対する支援を行うことが要件になったためである。2018年では「看取りに関する方針」の有無、「治療方針に対する意思決定」に対する支援が算定要件とされた。看取りが前掛かりになることが懸念される。

4.多職種連携

41.多職種連携。サービス担当者会議。
 困難事例でも、医師が実際に患者さんに接するのは短時間であり、医師にとって多職種連携は患者の状態を把握するために重要で欠かせない。特に、ご家族や現場のヘルパーさんの情報で、患者さんの全体像が把握できる。
 患者・家族さんと医師、或いはCMが一対一の話し合いでは、話し合いが堂々巡りし、結論が出せないことがある。そのようなとき、なぜかサービス担当者会議などでの話し合いを通じ一定の方針を導き出せることがある。患者・家族が会議に参加すると問題の出口を見いだせることが多い。
 事例18:90才代、男性 不眠、慢性心不全、ペースメーカー植え込み後、心房細 動。一人暮らし。市営住宅2Fで転倒しているところを発見。介護ザービスの利用を拒否していたが、千葉の息子夫妻も参加したサービス担当者会議で、参加者の話をだまって聞いていたが、最後にぽつんと「皆さんの話は分かりました」とショートステイを含め介護サービスの利用を決意した。
 事例19:80才代、女性 認知症、めまい症。一人暮らしにこだわる。夜中に不安になり、繰り返し救急車を呼び、救急病院受診していた。サービス担当者会議を開催した。その中で分かったことは、ヘルパーさんからの情報でデイでは風呂に入らず、夜1人で風呂を沸かし入っていたこと。
 注)ACP、或いは人生会議の取り組みが進められている。これらの取り組みは、構成メンバーも含めサービス担当者会議とほぼ同様である。
 注)サービス担当者会議が開催できる条件が整えられているかが問題である。医療機関にとっては、大きな負担である。まず、費用負担を制度的に保障し、その上で参加を義務づけることを望む。
42.サービス担当者会議と医師

421.サービス担当者会議への医師の参加
 医師が患者の日常生活全体を把握することは難しい。担当者会議に参加して、日常的に介護に当たっている家族やヘルパーさんの話が、診療方針の参考になることが多い。
 担当者会議は多くの場合、介護認定の更新時に開催される。主治医は担当者会議の開催にあたって、アドバイスを求められることは多いが、参加を求められることは少ない。特に、困難事例(社会的支援が必要な事例など)では、担当者会議への参加の努力をしたい。医師の治療方針を理解して貰うだけでなく、日常生活の状況を理解して、診療方針を作る上でも重要である。
422.医師はなぜサービス担当者会議に参加できないか
 時間的余裕ないことが一番大きな原因であろう。更に、制度的な位置づけがなく、ボランティアとしての参加になっていることも問題である。当院から参加する場合は医師、看護師、社会福祉士が参加するようにしている。負担は大きいが、その後の診療方針の作成には、貴重な情報源である。
43.ケアマネジャーとの連携
 訪問診療の後には、CMがいる場合は、必ず情報提供をする。居宅療養管理指導料の請求が可能である。
 CMの問い合わせには、必ず答える。電話での問い合わせもあれば、文書(或いはFAX)で来る場合もある。
 介護認定更新時には、CMはサービス担当者会議を開催する。その際にはアドバイス依頼来ることが多い。本来は、医師に参加を要請するものとおもうが、現実的には全ての対象者の担当者会議に参加するのは難しい。
44.困難事例に気づいたとき
 当院の毎朝のミーティングで話題にし意見交換することで、職員間の情報共有をはかる。そこでは本人・家族に提案について確認し、連絡等の分担を決める。
 当院のミーティングで方針が決められない場合は、まずケアマネジャーと面談し、意見交換する。面談の場でサービス担当者会議の開催を申し込むこともある。多くの場合は、CMは積極的に対応してくれる。

5.患者・家族の葛藤、
〈患者・家族の間のジレンマに接した印象深い事例〉

 結果的には、認知症などの病状の進行に伴い、入院、介護施設を選択せざるを得なくなる事例が多い。
51.介護サービスの利用を家族は希望、患者は拒否。
 事例20:80才代、男性 認知症、移動動作自立。暴言・暴力行為。「なぜデイに行くのか?」とデイサービスの迎えにも棒を振り回した。 自宅での介護サービスの利用? 家族(妻)にも時間が必要。経口ができなくなったり、脱水症を起こし「後は看取り」と診断された時期もあるが、妻が転倒し介護が無理になったこと、本人の認知症の進行・精神科医の治療で、介護施設入所で大きなトラブル無く過ごしている。
52.息子と夫が不仲、娘は遠方在住
 事例21:70才代、夫妻 老々二人暮らし。夫は、脳梗塞後遺症、認知症で、時に杖を振り回したりするが、妻を直接打つようなことはない。妻は、うつ病、不安神経症で、便秘・めまい・頭痛を訴え、頻回に救急車を利用していた。息子は、父親と不仲で、CM、当院からの電話も受け取らない。食事の準備も難しいが、服薬管理ができず、経済的な問題あり、ヘルパー、訪問看護を増やすことは難しい。偶々、四国在住の娘夫妻が来仙し、CMや私と面談、キーパーソンの役割を果たしてくれることになった。その後、夫が尿閉となり、フォーレイの管理は二人では難しいと、療養病床に入院した、
52.家族に対する怒り
 事例22:発災当時60才代、女性 認知症、徘徊、移動動作自立。在宅避難例。夫に対し怒りをあらわにし「(夫を指さし)殺しに来た」。家族の介護は引きこもりの息子さん。ディサービス先では穏やかに過ごすが、自宅では、震災時浸水した部屋で横になっている。部屋は、透明のビニールシートが貼ってあり、空気ので入れはない。認知症の進行に伴い、療養病床に入所した。
52.目の前の介護者(キーパーソン)に怒りを向ける。
 事例23:70才代、女性 認知症。息子と二人暮らし、息子の婚約者に対し、被害妄想。薬が無くなった、財布がなくなったを繰り返していた。病状に進行に伴い、特養に入所した。

 

おわりに

 訪問診療はやりがいがある。多くの場合楽しい。
 困難事例を多く示したが、一人暮らし、老老介護、なんでこんなに穏やかなのかと言う事例が多い。
 困難事例の背景には、貧困があると思われる。医療だけで無く、介護サービスを使用している事例の多く、食事の準備、オムツなどなど、要介護者にかかる負担を大きい。必要なサービスを受けるのは難しい。
 訪問診療にあたって、一部負担金の負担は大きい。最大1割にして欲しい。
 医師にとっては、訪問診療にとられる時間は、訪問している間だけではない。診療報酬上の評価が必要である。

 

参考資料
厚労省:人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン、   改訂平成30年3月
北村龍男:地域包括ケアでの艱難事例に取り組む①個別ケア会議・サービス担 当者会議 の意義、月刊保団連、2017.10(No.1249)、P5641
北村龍男:地域包括ケアでの艱難事例に取り組む②事例を通じ個別ケア会議・サービス担 当者会議の意義を考える、月刊保団連、2017.11(No.1251)、P41
北村龍男:〇さんがお空に行きました、仙台市医師会雑誌、2018.4(No.644)、P31
北村龍男:胃瘻創設について、保団連医療研フォーラム記録集、2014、P31

This entry was posted in 活動. Bookmark the permalink.

Comments are closed.