シリーズ「女川原発廃炉への道」No,40


シリーズ「女川原発廃炉への道」

安全神話に縛られた原発(二つの敗北)

理事 高橋 征

 2011年3月11日、日本は千年に一度とも言われる大災害、東日本大震災に見舞われました。想像を絶する大津波と想定外と言われた原子力発電所の事故によって、生活の基盤を失い苦しむ人々を大勢生み出しました。
 日本の地震研究は世界でもトップレベルと言われてきました。これまでは「大地震の予知は可能ではない」という前提のもと、それでもその前兆を掴もうと多額の国家資産がつぎ込まれて、研究が進んできました。ところが、東日本大震災をきっかけに「巨大地震の予知はできない」という考え方が一層強まってきました。むしろ、「巨大地震によってどれだけのことが起こりうるのか、被害を少しでも減らすためには何が出来るのか」という「減災」に研究の重点が移ってきています。日本の地震研究が巨大地震の想定に活かされなかったことが敗北と言えるのではないでしょうか。
 もう一つの敗北は、福島第一原子力発電所の事故が起きたことです。「日本の原発は大丈夫だ、安全性が高い」と言われ続けてきました。津波で全電源が失われて、メルトダウンが起きてしまい、汚染水の流出も止まらず、貯水タンクからの汚染水漏れが起きました。原子力発電所の事故により、今もなお故郷に帰れず、生活の基盤を失い、苦しむ人々を大勢生み出しているのが現実です。原発関連に群がっている政治家、大企業、銀行等などで組織される俗に言う「原子力むら」の方々は、3・11で起きた人々の肉体・精神的なダメージを本心から理解しているのでしょうか。安全神話に縛られた、地震大国での原発は即刻廃炉にすべきではないかと感じます。

 

本稿は宮城保険医新聞2023年2月25日(1806)号に掲載しました。

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