第43回保険医協会定期総会記念講演 「無縁社会〜“無縁死” 3万2千人の衝撃〜」板垣淑子氏


第43回保険医協会定期総会記念講演要旨

無縁社会〜“無縁死” 3万2千人の衝撃〜

NHKチーフプロデューサー 板垣淑子氏

 6月1日に開催した第43回協会定期総会の記念講演の要旨を掲載します(文責編集部)。



ワーキングプアの取材から見えてきた「無縁社会」

 2005年から始まった「無縁社会」というテーマにつながる取材プロジェクト。当初はワーキングプアの取材が発端でした。ワーキングプア、すなわち「働いても働いても豊かになれない」という方々を取材していくなかで、どうしてそのような状況に陥るのだろうかということを調べていくと、雇用が厳しいという経済状況だけではなく、仕事を失ったときに頼れる「縁」がないのだということに気付きました。取材で出会ったワーキンブプアの方々を通して辿り着いたのがこの「無縁社会」というテーマでした。



一人暮らしの増加と高齢化の進展が生み出す無縁死

 表題にある「“無縁死” 3万2千人の衝撃」という数字のもつ意味を考えていくと、非常に深刻です。無縁死は孤独死とは異なります。その死が何を意味するかというと、孤独死のごく一部だと思いますが、孤独死の中でも遺体になっても引き取られないのが“無縁死”です。孤独死でも遠方の親戚などが遺骨を引き取ることが多いので、無縁中の無縁のような遺骨といえます。
 この背景には、一人暮らしの増加と高齢化の進展が同時に起きているということがあります。昨年、団塊の世代の方が65歳に達し、高齢者の人口が3千万人を超えました。これはそれほど大きな問題を生みはしないのですが、この3千万人のうち高齢者だけで暮らしている世帯(高齢者同士の夫婦や兄弟、友人など)が1千万世帯を超えています。そしてこの方々のどちらか一方が亡くなると、高齢者一人世帯になるのですが、昨年502万人を超えています。



単身高齢者世帯増加の背景に広がる無縁社会

 背景にあるのが無縁社会です。無縁社会という場合の「縁」ですが、番組上は3つの「縁」を想定しました。一つは、もっとも大きな原因だといえるかもしれませんが、家族の縁、「血縁」が薄れている、失われつつあるということです。家族がいても別居するというライフスタイルが当たり前になっている。また子どもに介護してもらえない親が増えていることなどが要因にあげられます。親は親、子は子というライフスタイルが増えています。
 もう一つは生涯未婚の方、結婚をしないというライフスタイルを選択する方が非常に増えています。2025年には少なくとも男性は3人に1人、女性は4人に1人が未婚で通すと推計されています。
 さらに近年、急速に伸びている熟年離婚です。専業主婦でも夫がもらう年金額の半分を離婚後も受け取れると制度を改め、その制度が定着してきているのではないかとも言われていますが、50代、60代の離婚が急増しています。そういったことからも、晩年になってから一人暮らしになる人の数は今後も増え続けると予測されます。



自分のお墓も選べない孤立死と急成長する葬儀代行サービス

 2010年に放送された第1回目の番組で、高度経済成長期に上京し、アパートで一人暮らしをされ孤独死した高齢者を紹介しました。この方は遺骨になっても自分の場所が選べませんでした。取材を通して出会ったその方の同級生から、遺骨を故郷のご両親のお墓に戻してあげたい。ご両親のお墓があるお寺の住職も了解してくれていると私に連絡がありました。自治体に掛け合いましたが、血縁者でなければ遺骨の引き渡しはできないとの一点張りでした。遺骨はその方だと誰もが言うし、その方は亡くなる月まで故郷のお寺に供養料を払っていたにもかかわらず、自治体が所有する無縁墓地に今なお遺骨が保管されています。そして保管期限5年を過ぎると合葬され、最終的に合葬墓が満杯になると無縁墓地に埋葬されます。生前に自分がどのお墓に入りたいか希望がある場合は、生前契約で残しておかないと、今は無縁墓地に埋葬されてしまう可能性があります。本当に大変な問題だということを感じました。
 そうしたなか跋扈して急成長しているのが、火葬、埋葬、納骨をまとめて家族に代わって行うサービスです。NPOや株式会社、第二のビジネスとしてお寺も展開し、非常に急成長する事業だと注目されています。そのようなNPOの一つを取材し、まず驚いたのが週に一度の入会受付日には列をなして申込者が殺到することです。もう一つ驚いたのが価格です。火葬、埋葬、納骨の基本的なもので約180万円、葬儀や戒名などはオプションになっています。取材した会員は400万円超の契約を結んでいました。その利用者は月6万8000円の年金生活なのですが、自分の退職金をつぎ込んで契約していました。会員となった人たちに「なぜそのような契約をするのか」尋ねると、誰もが死んだ後に「他人に迷惑をかけたくない」という答えでした。



「他人に迷惑をかけたくない」という意識が無縁社会を一層深刻に

 孤立無縁な状況で暮らしている高齢者すべてがそうと言ってもいいかもしれないですが「迷惑をかけたくない」ということを皆さん異口同音に言います。取材を通してそのことが非常に無縁社会の問題を深刻化させているのだということを嫌というほど思い知らされました。迷惑をかけたくないあまりに、症状が軽いうちは我慢するのです。そして症状が進んで、SOSも発せなくなってしまい、倒れたり、認知症が進んでしまって自活能力を失ったりして発見される。もっと早くSOSを出していれば命を落とさずに済んだかもしれない。またはそれほど症状が深刻化せずに済んだかもしれない人が、迷惑をかけたくないと耐え続け、どうしようもない状況に陥るということが非常に多いのだということに気付きました。そしてさらにそういったことを近くに住む家族任せにしてきたこれまでの日本の社会保障制度のなかでは、一人暮らしの高齢者の状況がどうか把握して、問題があれば公的な支えの手を差し伸べる、そのようなお節介を焼く仕組みがないのだということに気付かされました。



自活能力を失った単身高齢者を公的サービスから締め出す申請主義

 一人暮らしで高齢者になっても一人暮らしができているうちは何の問題もないのですが、最終的にそれが出来なくなったときにどうするのか。要介護1、2のうちは別に何の問題もないのですが、要介護4や5、一人で食事やトイレができないなどとなってくると自分がどこで老後を過ごすのかという居場所さえ自分で選べないという現実が既に起き始めています。今年、取材プロジェクトの一環でそのことを『老人漂流社会』という番組で紹介しました。
 まず家族と一緒に住まなくなったことで身元保証人になる方が近くにいないため、様々な公的サービスを利用したくても申込みをしてくれる方がいない。これは介護サービスはもちろん生活保護もそうですが、日本の社会保障制度の根底に申込みをしないとサービスを受けられないという「申請主義」があるためです。その申請主義により、例えば重度の認知症の方が発見され、介護サービスを受けさせたくても本人に申請能力がなく、代わって申込みをするはずの家族がいるかどうかもわからないということになります。これほど一人暮らしが当たり前の時代に、そのような事態を制度的に改善できないのかと問題発信してきました。それでもなかなか変わらず、重度の認知症で命の瀬戸際でも誰にも気づいてもらえず、危険に曝されている単身高齢者が後を絶たないのが現実です。
 経済的な状況に関係なく一人暮らしというライフスタイルが当たり前になっているのに申請主義や身元保証人制度などが障壁となり公的サービスを受けられない方が多々いるということを取材の度に思い知らされました。



地域や高齢者自身で独自の取り組む無縁社会対策

 制度的な改善(身元保証人制度の問題、申請主義は一人暮らしの方には困難など)は番組を通じて問題を発信し続けようと思います。しかし、制度的に抜本改革していくには時間がかかることが予想される中で、今、私たちが何をするかということが非常に大事だと思います。社会福祉協議会やヘルパー、医療現場の方が行っている見守り活動など、取材をさせて頂いた取り組みの中で反響が大きかったものを紹介します。
 一つは横浜市の地域で中核をなす公立病院の取り組みです。その病院は新興住宅地の中心にあるのですが、入院患者の半分以上が75歳以上で長期入院化しているという問題を抱えていました。患者さんも退院を希望し、病院も赤字をなるべく減らしたい。そこで「退院支援チーム」というものを設けたそうです。患者さんが退院するかなり前から、その患者さんに資産はあるか、なければ生活保護の申請はどうするか、ボランティアで見守りをしてもらえる方や自宅をバリアフリーにリフォームする必要はあるか、あらゆるネットワークを駆使して退院しても不自由なく自宅で生活できるように徹底的に準備をして送り出します。
 そういった地域力のようなもので無縁社会を乗り切ろうという取り組みと高齢者自身が取り組んでいるものもあります。一人暮らしの高齢者同士による人形リレーです。二人の単身高齢者なのですが、一方が朝起きて新聞を取り込む時に自室のドアノブに人形をぶら下げる、もう一方が昼間出かけるときにその人形を自分のドアノブに移す。そして夕刊をとるときに人形を自分の家に取り込むというものです。これがお互いの安否確認となるわけです。自分が今日も生きているというサインをたった一人でも受け止めてもらえるというのがどれだけの安心感を生むかということを教えられました。



情報発信により無縁社会を乗り切る大きなうねりを形成したい

 本来は抜本的に制度を変えていかなければならないと思います。欧米諸国では一人暮らしが当たり前になっていて、例えば火葬、埋葬、納骨などは自治体に墓地を登録しておけば家族に代わって行うサービスが公的サービスであります。ところが日本にはなかなかそういう制度がありません。「まずは家族だ」という価値観からなかなか脱し切れないこともあるかもしれません。
 今から2035年ぐらいまでがちょうど高齢化と単身化のグラフが放物線を描くようになると予測されているわけですが、それを乗り越えていくのは、独自の取り組みを行っている方の情報を発信していくしかないと思います。私たちはそのような数多くの取り組みを情報発信することで、これならば自分もできるという情報の引き出しを増やし、無縁社会を乗り切る大きなうねりのようなものを作っ
ていきたいと思います。取材からすでに3年あまりが経過していますが、なお一層深刻化しているという実感があります。是非医療現場からも声をあげていただき、それをお伝えする手助けを続けさせていただければと思います。

 

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