第6回病院・有床診懇話会講演要旨 佐藤一樹氏 (2013.7.25)


第6回病院・有床診懇話会講演要旨

医師法21条論考と医療事故調査制度の今後

(医)いつき会ハートクリニック院長、東京保険医協会勤務医委員会委員 佐藤 一樹

 2001年3月、心臓手術中の脳障害により当時12歳の女児が死亡した事故。私は人工心肺装置の操作担当でした。この事故に関連して、2002年6月に業務上過失致死罪容疑で逮捕、同年7月に起訴されましたが、2009年4月に無罪が確定しました。確定した控訴審判決では、死亡原因は、人工心肺担当の私ではなく、術野の医師の手術手技に問題があると判示されました。冤罪ともいえるこの刑事事件は、所属していた大学が作成した院内事故調査報告書がもたらしたものです。また、今世紀に入り、医療者が刑事事件で検挙される件数が増加しております。(図1)

図1

この原因は医療不信等の報道の影響も無関係ではありませんが、多くは、医師法21条の条文を医師が誤解しているためです。この誤解を解くため全国で講演しています。
I.医療刑事事件と医療事故調査制度における院内事故調査報告書
 医療事故が警察に届出されて捜査が開始される刑事事件の端緒は警察への届出アプローチという観点から、全部で3ルートあるとされます。すなわち、①患者側からのアプローチ(告訴)②医療側からのアプローチ(医師の警察届出)③患者側家族や第三者が警察届出に先行してメディアに事故を暴露して報道された場合です。私の場合は、3番目のルートで開始され、さらに告訴(実際は被害届)されました。家族がメディアに暴露し、告訴へと後押ししたものは、所属大学の東京女子医大が作成した院内事故調査報告書です。
 医療事故発生時の「院内事故調査委員会」の本来の原理的目的とは何か? 医学的観点からの「事実経過把握」と「原因分析」であり、自律性のある事故の科学的認識、機能向上、医療の質・安全性の向上を「理念」として活動すべきです。しかし実際の院内事故調査委員会とは、そのような理想的な理念の綺麗事ではありません。「隠れた機能的目的」が存在します。それは、紛争対策であったり、患者側や社会からの攻撃をかわすためであったり、保険会社から賠償保険金を得るためであったり、諸々です。全てが、病院開設者側の都合によるものです。当然、診療事故現場の医療者と病院開設者側との間には、利益相反が生じます。訴訟問題対応や、賠償額が意識される場合は、特に顕著です。病院組織の中枢が実権を握るような院内事故調査委員会であれば、現場の責任づくり、責任追求が前提となり、真実の解明よりも組織の保護や遁辞重視の結論に向かう危険があります。医療事故の直接の引き金となった医療従事者が「誰」であるかを問う議論の場になり、内部調査が、しばしば責任の所在を調査するものになって、その根本原因を「なぜ」と問うことが疎かになるのです。報告書の公表には、病院組織の“道義上の責任”を積極的に認めるとう目的もあり得ます。病院開設者や院内事故調査委員が組織責任を認めずに言い訳したり、現場関係者を擁護したりすれば、患者側からの峻烈な反発が予想されます。これが、メディアに暴露されれば、病院組織に対する社会的制裁必至。そこで、責任者にとっては、自らを守るためにとりあえず謝罪することが合理的な態度です。翻って、この非を認める「真摯な公表態度」を利用し、社会から「情報公開に積極的な進歩的な委員長」との評価を得ることもできます。東京女子医大はまさにこのような行為を行いました。「院内事故調査報告書」を作成した委員には、必要と思われる心臓外科医、脳神経専門医、小児心臓麻酔専門医が排除され、心臓手術を見たことがない泌尿器科医と循環器内科医、心臓麻酔を苦手とする麻酔医を選びました。報告書は、形ばかりの関係者事情聴取と無計画の人工心肺装置実地検分とその杜撰な記録および非科学的な判断によって作成され、心臓外科医が見たら仰天する非科学的な理由で私に過失があるという結論となりました。しかも、その報告書は現場当事者の私には目に触れることなく、存在すら知らされずに患者家族に渡されました。そして、人権無視、欠席裁判によって作成されたこの報告書の存在のために、逮捕・勾留・起訴され、手術から無罪が確定するまで9年以上もかかったのです。本年5月29日。厚生労働省の「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」は医療側の意見に十分耳を傾けずに、突如として終了されました。この部会が発表した「『医療事故に係る調査の仕組み等に関する基本的なあり方』について」によれば、将来、診療行為に関連した死亡事例(当該事案の発生を予期しなかったものに限る)は全例、創設を予定されている第三者機関に、届け出るとともに、院内調査を行い、調査結果を遺族や第三者機関に報告することになります。そうなると、莫大な数の院内事故調査報告書が作成されることになります。東京女子医大が作成した院内報告書によって私が被った冤罪被害が今後二度と発生しないためには、事故調査委員の人権意識ある「公正」な視線を持った調査が必要です。「院内事故調査報告書が公正である」と判断されるための絶対的必要条件を簡潔にすれば以下の通りです。
1.報告書作成終了前に、関係する現場医療関係者から意見を聞く機会を設けること
2.報告書に対する当事者の不同意権と拒否権を担保し、不同意理由を報告書に記載すること
この二つが遵守されない事故調査報告書は、無効とすべきです(図2)

図2

II.医師法第21条論考(21条の正しい理解)
 患者家族がメディアに暴露したり、告訴したりするケースでは、社会問題として大きく扱われます。しかし、警察の捜査開始の端緒としてはレア・ケースです。実数として桁違いに増加したのは医療側からの警察届出です。この原因は、医療側が医師法21条を誤って解釈していることです。21条[異状死体等の届出義務]「医師は、死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない。」聞きなれない「検案」とは、法医学辞典上も、リーディングケースの都立広尾病院届出事件最高裁判決上も、「死体の外表検査すること」です。したがって、「死体を外表検査して異状がある」と認めれば警察届出義務があり、逆に「死体を外表検査して異状がない」と認めれば警察届出義務はないという条文です。しかし、後に破棄された一審判決が誤っていたためか、おかしなガイドラインがあちこちで作成された結果、医療者は「医療過誤や医療行為の過失が明らかな場合は患者の生死にかかわらず警察届出義務がある」と勘違いしていました。この「誤った21条の解釈を再論考すべきだと」私が書いてきた複数の文書を「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」の構成員と厚労省の担当官全員に送ったところ、事態が急変しました。昨年10月26日、医政局医事課長が、私の主張どおりの発言をしたのです(図3)

図3

すなわち、「『診療関連死イコール警察の届出』と厚労省が全医療機関に通達したことはなく、誤りである。」「医師法21条における『検案で異状』は外表の異状である。」「検案で異状がないなら警察への届け出の必要はない。」等です。この発言内容は、本年5月29日の同部会でも再度医事課長によって確認されました。これにより現在、日本の司法も行政も「診療行為における『経過の異状』=医療過誤を認識しても、死体に外表異状がない限りは、警察への届出義務はないと断言できます(図4)。

図4

宮城保険医新聞9・25(1505)号掲載
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