「医学部新設について」 理事長 北村龍男


医学部新設について

理事長 北村龍男

はじめに

 医学部新設は広く関心がもたれている。
 文科省は昨年11月に東北地方の大学1校に医学部新設を認める方針を発表した。12月には閣議決定されている。宮城県では、村井県知事、東北市長会も歓迎の意向を表明している。私立大学が医学部を設立するのが、既定事実のように話題となり報道もされている。
 昨年以来、いろいろな場面でこのことについて意見を伺い、また意見を求められた。保険医協会の医科理事懇談会、保団連東北ブロック会議、保団連の全国会長・理事長会議等々。また、医師が集まる新年会でも、話題になる。
 医学部を新設するかどうかにとどまらず、医師供給体制、医師は本当に不足しているか、医師過剰ではないかなど、医学部新設を機会に医師養成について意見交換が盛んになっている。
 保険医協会では、医学部新設について、議論し1月の保団連大会でわたくしがこの問題で発言した。その後の意見交換も含め、現在の見解をまとめてみた。

 1 医学部新設は国立が望ましい

医師不足
 政府・厚労省は医療費抑制の立場から、これまで必要医師数の養成を抑え、医療従事者に対し低医療費政策を押しつけてきた。このことが今日の医師不足、とりわけ病院勤務医師不足を招き、さらに医師偏在が、地域医療の崩壊状態を生んでいる。また、元々医師不足が指摘されてきた大震災の被災地だけでなく、今後、少子・高齢社会で一層医療の要求は強まり、医師不足は進行が予想される。

 医学部新設は国の責任で
 12月5日「好循環実現のために経済政策」(以下、「経済政策」)が閣議決定された。この経済政策の基本方針は「消費税引き上げによる駆け込み需要とその反動減緩和のため、来年度前半に需要が発現する施策に重点化」「持続的な経済成長の実現に資するため、消費や設備投資の喚起など民間需要やイノベーションの誘発効果の高い施策に重点化した」として、予算規模は、競争力強化策が、合計18.6兆円のうち13.1兆円(70.4%)を占める。大型公共事業や大企業優遇策が並んでいる。
 この経済政策の、「Ⅲ復興、防災・安全対策の加速」の「1.東日本大震災の被災地の復旧・復興」の「(2)復興まちづくり」の中に「東北地方における復興のための医学部新設の特別措置<予算措置以外分>」がある。なお、今回の「経済政策」の中で、医療に関する項目はこの一項目である。医学部新設がアベノミクスの成長戦略の「経済政策」に位置づけられていることに違和感がある。
 この政策を踏まえて12月17日復興庁、文部科学省、厚生労働省は「東北地方における医学部設置認可に関する基本方針について」(以下、「基本政策」)を発表した。認可の目的では「震災からの復興、今後の超高齢化と東北地方における医師不足、原子力事故からの再生といった要請を踏まえつつ、将来の医師需要や地域医療への影響も勘案し認可を行うことを可能とする」としている。
 このように「基本方針」によれば、新設される医学部には、大変重要な役割が求められている。極めて公的な役割である。新設するとすれば、国が責任をもって創設すべきであろう。

 医学部新設は予算外
 ところで、医学部新設は<予算措置以外分>となっている。新設する医学部は15年4月開学とされているが、国の予算はどうなっているのか? 田村智子参議院議員の事務所を通じて、文科省・医学教育課に確認したところ、13年度補正予算にも、14年度予算案にも盛り込まないという意味であった。医学教育課の担当者によると、それ以降の年度については、運営費の補助で対応する、「私学助成」を前提に議論していると述べたそうだ。即ち、新設に当たって国は予算面で関与しないということである。

 私立大学医学部新設の問題
 さらに私立大学の医学部には、いくつかの懸念がある。
 3省の基本方針でも「将来の医師需給等に対応して定員を調整する仕組みを講じること」としている。はじめから定員調節を想定している。このような点に留意しなければならないなら、民間投資を前提とする私立大学の創設は禍根を残す、新設大学は国立とすべきである。
 私立大学の医学部は、入学金、授業料が高額である。村口坂総合病院名誉院長の調査によると6年間の学費が岩手医科大学3000万円超えであったのに対し、東北大学、福島県立医科大学では、約350万円であった。学費が高いことは、卒業後地域に残らず、都会で開業する卒業生が多くなる原因の一つと考えられる。 

2.医学部新設(医師増)が地域医療に貢献するには、社会保障、診療報酬の充実が欠かせない

 社会保障・医療費削減
 社会保障制度改革国民会議の報告書は、「自助、共助、公助の適切な組み合わせ」という論理すら放棄し、自助のみを強調し、社会保険は「自助を共同化した仕組み」と言っている。政府が通常国会に提出する医療・介護総合法案の概要が明らかになった。法案では、団塊の世代が75歳以上になる2025年に照準を当てて社会保障の給付抑制と負担増を打ち出している。この方向は、今回の診療報酬の改定の基本方針となっており、安上がりの医療・介護の供給体制作りを目ざし「病院完結型から地域完結型へ」の転換を促進することである。開業医には、「主治医」として、地域包括診療料、地域包括加算など、24時間体制で地域医療を担う医師不足を補おうとしている。
 このように、我が国の保険制度の下での医師の役割は限定的となる。すでに先の医療経済実態調査では、開業医の収入増と言われているが、保険診療は減、保険外診療が増加している。今後一層、保険外診療へ軸足を移さざるを得なくなる。

 医療分野での宮城県の取り組み
宮城県は第6次地域医療計画で二次医療圏を7医療圏から4医療圏に減らしている。また、「創造的復興」の名のもとに東北メディカルメガバンク事業、みやぎ医療福祉ネットワーク事業が進められている。これらは、一体となって進められている。これらの事業、施策が、地域に安全安心の医療をもたらす役割を果たすとは思えない。
 医学部新設が、真に震災からの復興、東北地方の医師不足を解決するためには、公的医療保険の診療範囲を広げ、窓口負担金「ゼロ」などの社会保障の充実とともに行われるべきである。

 「医師過剰」
 医師不足の指摘とともに、「医師過剰」について危惧する声は少なくない。「医師過剰」の声は、医師の中からも出ている。一部負担金などにより、受診抑制があり、国民、患者が必要とする医療を公的医療保険が提供していないことが「医師過剰」の主要な原因となっている。医療を必要とする国民・患者の側からではなく、「医師過剰」との見解は医療費抑制を目ざす国、現在の診療報酬では必要な医療を提供できない医師からの声である。今回の大震災後の一部負担金免除は、一部負担金等による受診抑制が、必要な医療を受けられなくなっていることを明らかにした。医師が地域医療の充実に貢献するためには、医療保険の充実が欠かせない。社会保障が充実すれば「医師過剰」でないことが明らかになる。

 おわりに

 ①確かに、東北の医師充足のためにマイナスではない、②東北で卒業した医師が東北に根付く保障はない、③一方、社会保障の削減の元で、一層受診抑制が起こり、「医師過剰」が起こりかねない、④特に、今回の目的で医学部を設置するならば、国立大学とすべきである。⑤また、社会保障、診療報酬の充実なしには、医師増は地域医療に貢献できない。

This entry was posted in 医学部新設. Bookmark the permalink.

Comments are closed.