「東北メディカル・メガバンク構想」の問題点



「東北メディカル・メガバンク構想」の問題点

東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター 世話人
水戸部秀利

はじめに
 2012/2/16 東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センターとして「東北メディカル・メガバンク構想について、関係者の熟慮を求める」趣旨の意見書を県内の医療福祉関係団体や自治体・政党等に郵送し、その後県庁記者クラブで記者会見を行いました。

意見書の要旨は、
本構想の中核であるヒトゲノムコホート研究は、医学医療のイノベーションを実現する一つとして期待される分野ではあるが、運用次第では取り返しのつかない人権侵害をひきおこす危険性があることを指摘し、
1)本プロジェクトが被災して非常時にある地域住民にとってふさわしい計画なのか。
2)被災地自治体や被災者と十分相談しながら進められていないことに不安や疑問があること。
3)被災地に求められている医療の復興に本当に結びつくのか。
4)基礎となるICT構築の現実性とゲノムデータのセキュリティの確保の問題。
5)ヘルシンキ宣言などと照合した倫理面の検討
以上の5点にわたって、関係者が慎重に検討されることを希望する。
という内容です。

 なお、本メガバンク計画の政治的な背景と狙いについては、本誌1448号、日野秀逸氏の寄稿に詳細に述べられておりますので、そちらを参照願います。
今回は、このような意見書提出に至った経過、県の復興計画との関連や倫理的な問題点について個人的な意見も加えて補足します。

1)「東北メディカル・メガバンク構想」の登場への不信と違和感
 昨年7月に、宮城県震災復興計画(2次案)が発表され、パブリックコメントが求められていました。「単なる復旧にとどまらない、再構築、発展」を強調する県の姿勢に対し、医療者の立場から「被災地は広範囲に深い傷を負った重症状態であり、戦う体作りではなく、まず傷を保護し癒し、それぞれの局所で懸命に再生しようとしている細胞や組織に十分な栄養と血液を送るのが正しい治療(政治の役割)と考える。」旨のコメントを送りました。

 翌8月に、宮城県震災復興計画(最終案)が発表され、県民からの意見が少しでも反映されたものがないかと医療・福祉分野を中心に目を通しましたが、当然のことながら、ほとんど変更はなく、唯一、ICTを活用した医療連携の構築の中に「東北大学を中心としたメディカル・メガバンク構想等を踏まえ」の一文が追加されていました。
ここから、県民センターとしても私個人としても「メガバンク」と向き合うことになります。なぜ、パブコメを求めた二次案になく、最終案に滑り込まされたのか?疑心暗鬼の始まりでした。
 早速、ネットで検索すると、2011/6/16内閣府主催の第2回医療イノベーション会議で東北大学医学部長がオブザーバー出席で、「東北メディカル・メガバンク構想」についてプレゼンテーションしていました。被災地を対象に、東北大学が拠点となって、大規模なゲノムコホート研究を計画したいというものです。その中で、被災地の特性として、

①医療過疎と医師不足、
②3世代同居が多い、
③人口の移動が少ない、

をあげ、疾患+垂直コホート研究には適しているとし、新しいタイプの複合バイオバンクで地域を限定した疾患コホート+垂直コホートのシステムを構築し、その波及効果で医療復興と雇用創出を実現するという構想でした。

 私が、違和感を覚えたのは、このスライド4でした。
 多くの被災地住民は、家屋も肉親もコミュニティも失い、散り散りに仮設にあるいは他の地域に避難し、明日の生活展望をどう作り出すか、途方に暮れている状況を前に、①②③の条件を上げて、「コホート研究に適している」と表現してはばからない研究者の姿勢に対してでした。

2)メディカル・バイオバンク計画の背景と上からの強行
 このような、ヒトゲノムコホート研究は、震災前から、再生医療と並んで、医学医療のイノベーションを実現する一つとして、国際的にも医薬関連産業を巻き込みながら熾烈な競合の渦中にあり、政・財・官・学が一体となって推し進める戦略が背景にあることは、1448号の日野氏の寄稿文に詳細に述べられています。震災復興を口実に、この国家戦略が堰を切ったように具体化したというのが本質です。
 その後、2011/10/17第3回医療イノベーション会議では、医療関連情報のIT化を促進するインフラ構築として154.6億円、東北メディカル・バイオバンクの構築として492.9億円が予算計上され、それを受けて、2011/11/15には地元宮城で「みやぎ医療福祉情報ネットワーク協議会」が開催され、県医師会、大学医学部、看護協会、薬剤師会、歯科医師会など主要な医療・福祉関係団体のトップが運営委員となり、医療福祉情報ICT化の構築、東北メディカル・メガバンク構想の取り組みが提案され、県内でも既定の方針として動き出しました。
 年明けの2012/1/31には、東北大学で「新時代のメディカルサイエンス」という学内シンポジウムが開催され、本構想のキックオフ的な集会として、バイオバンク棟の設計図やプロトコールまで提案され、2/1には「東北メディカル・メガバンク」機構が発足しました。
 このような上からの計画と具体化は、対象の被災住民や自治体、医療機関には事前の相談もなく、巨額の予算も決定され、後戻りできない形で進んでいます。こんなことが、民主主義の世の中で許されるかと率直に思います。提案者は「復興に寄与する事業」という確信があってのことでしょうが、このように「いいことだから従うのは当然」という発想はパターナリズムとして非難される行動です。

3)復興財源の使い方と優先順位
 もう一つは、予算の巨額さです。ICT+メガバンク合わせれば800億を超える税金の投入です。一方では被災した医療機関の再建のために、平成24年~27年の地域医療再生基金400億弱の配分や補助率をめぐって厳しい議論が行われています。公的病院再建の配分は何とか予算化されましたが、その他多くの民間医療機関は再建しようにも、わずかな補助率では再建できない状況にあります。貴重な復興財源の使途として優先順位が違うのではないか?というのが率直な思いです。逆に、巨額の復興財源が、製薬・医療機器産業やIT産業・ゼネコンに食い物にされるのではないかと勘繰ってさえしまいます。
 先日2/23日に被災地自治体の15市長が連名で、文科省と復興庁に医学部新設要望書を提出しています。日本、東北、特に被災地の医師不足は深刻な問題です。同じ文科省・厚労省の予算なら、一昨年から検討されている、新設医科大構想を具体化したり、移転新築する石巻市立病院に地域医療の担い手を育てる家庭医・総合診療医研修センターを併設する方が、医師不足に苦悩する被災地だけでなく東北地方に元気と希望を与えることになると思います。

4)「東北メディカル・メガバンク構想」の倫理的問題点
 このようなゲノムコホート研究は、珍しくはなく、国内外で行われています。しかし、その合意形成と実施までは、相当の時間をかけています。
 国際的にも先んじたアイスランドでも、賛否両論の中で約2年間の国民的議論を行い「保健医療分野データベース法」及び「バイオバンク法」として立法化しています。国内の長浜市のバイオバンクでも、行政と市民と研究者が一体となって2年間16回の議論で「長浜ルール」を策定し、市民の自覚的参加で実施されています。
 ヒトゲノムは究極の個人情報であるだけに、ゲノム研究の対象となる地域住民は、その研究の趣旨や方法、リスクについて説明され十分に理解し考え議論できる状態にあることが前提になります。しかし、被災地住民は最も困難な状況にあり、そのような平時の生活でないことは誰の目にも明らかです。
 医学研究の倫理指針である「ヘルシンキ宣言」(抜粋)では、17.不利な立場または脆弱な人々あるいは地域社会を対象とする医学研究は、研究がその集団または地域の健康上の必要性と優先事項に応えるものであり、かつその集団または地域が研究結果から利益を得る可能性がある場合に限り正当化される。
26.研究参加へのインフォームド・コンセントを求める場合、医師は、被験者候補が医師に依存した関係にあるか否か、または強制の下に同意するおそれがあるか否かについて、特別に注意すべきである。
と規定されています。
 被災地住民を対象としたゲノム研究が、「不利益になるようなことはないか?」「不利な立場の人々に何らかの強制的な力が働くことにならないのか?」など、倫理的に掘り下げた検討が必要です。たとえ研究者にその意思がなくても「李下に冠を正さず」で、第三者からみて問題を指摘される場合もあります。現に本構想については「医療ガバナンス学会」から「火事場泥棒」という痛烈な批判も上がっています。

5)ヒューマニズムを欠いたアカデミズムはあってはならない
 今やゲノム科学は飛躍的に進歩し、応用発展の領域に入ろうとしています。一方では、派生する新薬の特許・利権を求め製薬資本や国家間の熾烈な競争が繰り広げられています。研究者がそのような競争にのみこまれるリスクも常に抱えています。ヒトゲノムは運用や情報管理を誤れば、取り返しのつかない人権侵害を引き起こします。
 長い医学の歴史の中で、戦争・国策・利権の圧力から、ヒューマニズムを欠いたアカデミズムの暴走が引き起こした凄惨な事件を私たちは経験し、戦後の医学は二度とこのような人権侵害は起こさないという反省と誓いの上に成り立っています。
 このメガバンク構想をこのような過去の事例と同一視する意図は全くありませんが、震災を契機に浮上した政治的背景、その後の強行な進め方に、個人的にはどうしても危うさを感じてしまいます。

おわりに
 このような国家的プロジェクトは、大型公共事業と同様走りだすと止まらない可能性が大きいと思います。実際メガバンクはすでに走り出しました。
しかし、予算はついたとは言っても、被災地住民を対象としたゲノム調査のプロトコール、医療情報の電子化の実践はこれからです。ゲノムについて学習や住民との話し合い、ゲノム提供・廃棄の合意やルール作成、インフォームドコンセント手続きの仕方、ゲノム情報や診療情報の管理など多くの検討課題を抱えています。
 今後の運用の様々な局面で、被災地住民の人権侵害などが発生しないか?そして、結果的に被災地の医療や福祉の復旧復興に寄与しているのか? 巨額の復興予算が関連企業の食い物にされていないか?など、被災地住民の立場から今後も厳しく検証し監視していくのが私たち在野の医療人の役割だと思います。

(2012/3/7 水戸部 宮城保険医新聞2012.3.25)

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