講演要旨「どうなる? 医療・介護のゆくえ」鹿児島大学法科大学院教授 伊藤周平 氏(2015.3.28)


1 進む社会保障費の削減と新段階に入った社会保障改革

伊藤周平氏 安倍政権は、消費税増税と社会保障削減を一体的に行い、社会保障改革と称して、社会保障削減を加速させている。なかでも、社会保障費削減の最大のターゲットとされているのが、医療・介護分野であり、2015年度予算では、介護報酬を2.27%引き下げるなど、社会保障費の自然増を約3900億円も大幅に削減している。
 すでに、2013年12月に成立した「持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律」にもとづき、改革関連法案が国会に提出されており、2014年6月には、急性期病床を削減し、安上がりの医療・介護提供体制を構築することを目的とした「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律」が成立した(以下「医療・介護総合確保法」という)。さらに、2015年3月には、都道府県に医療費削減の役割を担わせる国民健康保険の都道府県単位化や入院時食費の引き上げなどを定めた「持続可能な医療保険制度等を構築するための国民健康保険法等の一部を改正する法律案」(以下「医療保険制度改革法案」という)が国会に提出され、衆議院で可決され参議院に送られ審議が進んでいる(2015年5月8日現在)。
 成立した医療・介護総合確保法の目的は「公費抑制型の医療・介護提供体制」をつくりあげることにある。具体的には、急性期病床の削減と平均在院日数の短縮による医療費抑制を進め、それにより増大する退院患者の受け皿として、安上がりな介護保険サービスや互助(ボランティア、地域の助け合い)からなる受け皿=地域包括ケアシステムを構築するという構想である。公費抑制を目的にした改革は、これまでも行われてきたが、医療・介護提供体制と医療・介護の給付抑制を一体的に打ち出した点、とくに介護保険については、要支援者の保険外し、特別養護老人ホームの入所者を要介護3以上に限定するなど、徹底した給付抑制と、地域包括ケアシステムの名のもとに、自助と互助を強調し、かつての「日本型福祉社会」論を彷彿させる介護の家族依存回帰の方向を鮮明にした点で、安倍政権の社会保障改革が新たな段階に入ったとみることができる。

2 医療制度改革のゆくえと課題

 こうした医療・介護制度改革にどのように立ち向かっていくべきか。医療制度改革については、自治体レベルで、地域医療を守るという一点で共同する運動の拡大、そして地域医療と地域包括ケアシステムのあるべき姿を対案として提示していく運動が必要と考える。地域の医療ニーズを的確に把握、確認しながら、公的責任を担保した地域医療のモデル・対案を作り上げていく提案型の運動が必要である。
 当面は、地域医療の実態を無視した、病床の機械的な削減をさせないため、自治体レベルで、地域医療構想に医療機関や住民の意見を反映させること、医療関係者が中心となって、どのような医療需要があり、どの程度の病床が必要かを具体的に提言していく運動が求められる。稼働していない病床が多数存在しているのは、病床自体が過剰というより、必要な医師・看護師が確保されないことに原因があるとも考えられ、医師・看護師の確保を図る施策が求められる。医療保険制度改革法案については、かりに成立しても、国民健康保険料の機械的引き上げをさせない運動が自治体レベルで必要となる。

3 介護保険制度改革のゆくえと課題

 一方、介護保険制度改革については、日本医師会のような強力な圧力団体もないことから、医療に比べて、より徹底した給付抑制が行われている。もともと、介護保険制度導入の目的は、第1に、高齢者医療費の抑制であり、介護保険による医療の安上がり代替にあった。そして、第2に、従来の福祉措置制度を解体し、①給付金方式(要介護者への現金給付の支給)、②直接契約方式(要介護者の自己責任による利用の仕組み)、③応益負担、④社会保険方式という、前述の介護保険方式に転換することにあった。認定を受けた要介護者への給付金を事業者・施設が代理受領することで、従来の補助金のような使途制限がなくなり、在宅事業への企業参入を促し、供給量の拡大を図るとともに、市町村の直接的なサービス提供義務をなくすことを意図して構築された制度といえ、「介護の社会化」というより「介護の商品化」をめざした制度改変であった。
確かに、介護保険制度の導入で、在宅事業には多くの株式会社が参入し、供給量の増大がはかられた。しかし、本来、介護職員の人件費に優先して配分されるべき介護報酬が、株式会社であれば、まずは株主の配当などに優先的に配分されるため、企業参入に依存した介護保険制度のもとでは、介護職員の労働条件は急速に悪化し、結果として深刻な人材難にみまわれることとなった。認知症の高齢者の増加に伴い、厚生労働省は、2025年までに介護職員を100万人増やすことが必要としているが、確保の見通しは全く立っていない。また、施設に関しては、特別養護老人ホームの増設が抑制され、低所得高齢者の行き場が失われている。
 こうした担い手不足、施設不足にみまわれている介護保険制度が、政府のいう地域包括ケアシステムの基軸、つまりは今後の医療提供体制改革で志向されている病床削減による退院患者の受け皿になりえないことは、明らかである。もちろん、政府も、そんなことは百も承知の上で、だからこそ、地域包括ケアシステムの中に自助や互助を内包して強調しているのであろう。しかし、このことは、少なくとも名目的にではあれ、介護保険が理念としていた「介護の社会化」を放棄したことを意味する。ボランティアや地域の絆という実態のあいまいな互助を、地域包括ケアシステムに内包したことは、互助が機能しない場合には(多くは機能しないと考えられる。そもそも、介護職員を募集しても、給与が安すぎて集まらないのに、無償のボランティアなら集まると考える方が非現実的である)、結局は、家族による介護・支援に依存せざるをえないことを意味するからである。
同時に、介護保険は、介護保険料と介護給付費が直接に結びつく仕組みであり、制度が理念として掲げている「介護の社会化」が進んで、施設や高齢者の介護保険サービスの利用が増え、また、介護職員の待遇を改善し、人員配置基準を手厚くして、安心できる介護を保障するため介護報酬を引き上げると、給付費が増大し、介護保険料の引き上げにつながる仕組みになっている。介護報酬単価の引上げは、1割の利用者負担の増大にもはねかえる。しかし、現在の介護保険の第1号被保険者の保険料は、定額保険料を基本とし、低所得の高齢者ほど負担が重いうえに、月額1万5000円以上の年金受給者からは年金天引きで保険料を徴収する仕組みであり(特別徴収)、保険料の引き上げには限界がある。結果として、給付抑制が政策的にとられやすい。介護保険のジレンマといってよい。
 社会保険方式を維持するのであれば、介護保険料を所得に応じた定率負担にするなどの抜本改革が不可欠だが、当面は、「介護崩壊」を阻止するため、介護報酬を再改定し大幅な引き上げを行い、人員配置基準も引き上げ、介護報酬とは別に公費で負担する処遇改善交付金を、介護職員だけでなく、看護職員などにも対象を拡大して復活させるべきである。また、地域支援事業(市町村事業)に移行しても、要支援者へのサービス水準を低下させない、不足している特別養護老人ホームの増設など、地域において「介護難民」を出さない取組みを積極的に進めていくべきと考える。

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