第45回保険医協会定期総会記念講演 要旨「福島原発事故の今とこれからを考える—チェルノブイリ事故の医療支援の経験から—」菅谷 昭氏(2015.5.30)


宮城県保険医協会第45回定期総会記念講演

「福島原発事故の今とこれからを考える—チェルノブイリ事故の医療支援の経験から—」

松本市長、医師 菅谷 昭

*5月30日に開催した第45回協会定期総会の記念講演の要旨を掲載します(文責編集部)


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 チェルノブイリ原発は1986年4月26日に大きな爆発事故を起こし、大量の放射性物質が北半球全体を汚染しました。
 私は1996年から2001年までの5年半、ベラルーシ共和国で事故による健康被害に苦しむ子どもたちの医療支援活動に従事しました。最初の3年半は、首都ミンスク市の国立甲状腺がんセンターで活動をさせてもらいました。その後ゴメリ州の州都ゴメリ市に移り1年半、そしてチェルノブイリ原発から約90㌔のモーズリ市で半年間、活動しました。さらに事故から26年が経過した2012年7月、その後の状況を知るためゴメリ州とモーズリ市を視察しました。

事故から26年後の高濃度汚染地域の実態
 ゴメリ州の視察では、限界管理区域と居住禁止区域に行きました。限界管理区域はできれば人は住まないようにと定めていますが、既に人が住んでいました。
 次に向かった居住禁止区域にも人が住んでいました。同行した国の係官によると、除染はしたそうですが全く値が下がらないと言っていました。山はなく大平原です。そのような場所ですら除染をしても値が下がらず、今はもう除染を止めています。この地域へ避難したのは高齢の住民です。自分の故郷で最後を迎えたいと帰還し、国としても黙認せざるを得ない状況でした。
 日本は一体この先どうなるのでしょう。チェルノブイリの現状を見ると一度高度に汚染されたら、元に戻るのは、3世代4世代先になるかもしれませんし、そのときに子々孫々がそこにいるのかもわかりません。政府も大変苦労していますが、原発の再稼動や新設は本末転倒だと思います。安全神話で原発を推進してきて、このような事態になったのです。日本は原子力災害に対する危機管理が、全くできていないと思います。私は原発推進を国が決めるならば、それは仕方がないと思いますが、それならば確固とした危機管理ができていなければならないと思うのです。
軽度の被ばくがもたらす健康被害
 モーズリ市には、軽度の汚染地域に住む子どもたちの状況を知るために行きました。非常に感染症にかかりやすいなどの免疫機能の低下、造血器障害、特に貧血が増えていました。貧血の原因は様々ありますが、被ばくが造血器に影響を及ぼしている可能性は否定できないと思います。
 セシウムの体内蓄積の問題もありました。子どもたちは、ほぼ毎日のように汚染地で収穫された食べ物を摂取し、経気道的にも体内へ取り込みます。そのため排出しても蓄積されてしまいます。セシウムは体内のあちこちに分散し、常にベータ線やガンマ線を放射しています。土壌からもベータ線やガンマ線が出ていますから、内部被ばく外部被ばくの両方を受けている可能性があります。
 さらに未熟児、早産死産、先天性異常などの周産期異常が起こっていました。生まれてくる子に罪はないのですが、親もその子をどこかに預けて行方不明になってしまう、離婚してしまうなどの問題も起こっていました。そこで国として妊娠した場合、毎月必ず検査を受けるよう厳しく義務づけ、もし異常が見つかれば、国が半強制的に人工妊娠中絶させるという対応まで取っていました。
 その他にも非常に疲れやすい、集中力欠如、体力低下などがあげられました。私が医療支援活動をしていたときも、このような症状は既に起こっていました。しかし当時の子どもたちは、事故が起きる前に生まれており、事故を経験しているのでわかるのですが、現在の子どもたちは事故から10年後に生まれた子どもたちでした。軽度の汚染地域で生活し、程度は低いですが毎日、しかも長期にわたり外部被ばくや内部被ばくを受け続ければ、このような症状が起こる可能性は否定できないと思います。因果関係は明らかになっていませんが、最も重大なことは、事故後10年経ってから生まれた子どもたちにそのような症状が起きているという事実です。ここに注目しなければならないと思います。
 以上のような健康被害が起こっていました。事故から10年も経ってから生まれた子どもたちにそのようなことが起こっているということは、一度核災害が起こると土壌、環境だけでなく生体にも被害が起こり得るという問題が、これらの事実から考えられます。
チェルノブイリと福島との国の方針の相違
 ベラルーシ共和国では汚染地域居住の6歳から17歳の住民に、国による年2回の定期検診を継続しています。また私が医療支援活動をしているときから行っていることですが、国で汚染地居住の18歳以上の住民に対する年1回の検診と子どもたちに1カ月の保養を実施しています。これらの健康管理対策等にかかる費用はすべて国家負担で行っています。国の政策としてやらなければならないという方針で継続しています。日本は逆に、国からもうできる限りお金を出さないとする方針です。どんどん帰還させることで、住めるようになったという既成事実を作ろうとしています。避難している方々を、戻れるのに避難しているとみなし、これまで行ってきた支援を打ち切ろうとしています。国策として原発推進の政策を取るのであれば、事故が起これば国としてきちんとした責任を果たしていくことも必要であると思います。
子どもの集団避難・移住も必要
 福島原発事故が起こった当時、放射線による影響は年齢が低ければ低いほど大きいので、大人は致し方ない事情もありますが子どもだけはなんとかして守ろうと、様々な機会を通して早い段階から呼びかけてきました。しかし国は依然として何の対応もありません。
私はできれば国策として、子どもの集団移住や集団避難ということを考えていかなければならないと思います。福島から松本市へ避難してきた方々の中には、一人とか二人など少数なために、お子さんが学校に馴染めないという問題や母子で避難してきているがために、家庭で問題が起こることがありました。
 非常にかわいそうですが、将来を考えればある時期は致し方ないということで、子どもたちだけでも集団で疎開するような形も必要ではないかと思います。親御さんからの反発もあり、気持ちはよくわかるのですが、この先もし子どもたちが被ばくや低線量被ばくを受け続け将来何か起こったとしたら、親は子どもにどのような言葉をかけられるのでしょうか。一時的には辛いかもしれませんが、ある時期そうせざるを得ないのが今の日本の現状だと私は思います。しかしこれは非常に大きな問題ですから、あくまでも福島の方々から希望があればということに留め、こちらから集団移住や避難を促すようなことは一切しませんでした。
「松本子ども留学」の挑戦
 そのような中、子どもの集団移住を呼びかけたいと福島県から松本市に移住した方と、その方と関係のある福島在住の方々がNPOを立ち上げ、一昨年からスタートしたのが、全国で初の試みとなる「松本子ども留学」という取り組みです。
 NPOでパンフレットを作成し、彼らが福島県のいろいろな地域で説明した結果、8人の子どもたちが来てくれました。全て女の子で中学校2年生が3人、1年生が4人、小学校6年生が1人でした。
 松本市の四賀地区という地域に2階建ての一軒家を借り、子どもたちの集団生活が始まりました。住民の方々も子どもたちと交流の機会を作ってくれ、ヴァイオリニストの天満敦子氏や漫画家のちばてつや氏などの著名人も激励に訪れました。海外メディアの取材がきっかけで、ボストンから激励の文書とともに、子どもたちへプレゼントが届いたこともありました。
 日ごとに子どもたちは、内面的に苦労しながらも日々の生活の中に溶け込むことができました。しかし心の中は相当悩んでいたのではないかと思います。これからもきっと心が壊れそうな状況に立ち向かいながら、日々を送っていくのだと思います。
子どもの集団避難・移住を拡大するための課題
 子どもたちをある期間、被ばくから防護するような取り組みが必要だと思います。そのためには類似の事業を全国展開させなければならないと思います。「松本子ども留学」が成功事例として確立するよう、これからも継続して努力しなければなりません。
 今後の課題として、まず財源の確保です。現在はNPOの自助努力で資金を集め運営しています。学校生活における諸問題から子どもたちをケアし早期解決するため、学校関係者とNPO団体との連携体制作りも必要です。そして地域住民の理解と協力。これは必要不可欠です。このような事業は地域住民に受け入れられなければ、上手くいかないのだろうと思います。
子どもたちを被ばくから守るのは国の責務
 長期的、持続的な低線量被ばくによる健康被害が今後危惧されます。もう一度我々はチェルノブイリの現状から学ばなければならないと思います。甲状腺がんのことばかりが取り上げられるのですが、私は甲状腺がんは今後継続してチェックし、早期発見により治療するということが大事であり、これからは免疫機能の低下や周産期の異常などの問題にもっと目を向けなければならないと思います。
 少子化で今元気な子どもたちが、将来被ばくによって身体が弱くなる恐れがあるのに、少子化を問題視しながら片一方で帰還させようとしている政府は明らかに矛盾しています。原発事故という国難に対して、誰かがやらねばならないということで私はこれまでの活動をしてきました。しかし国策として原発を推進しているわけですから、事故が起こり国難という事態であれば、財源を負担してある時期だけでも子どもたちを守るのは、国の責任です。
P1060046 のコピー チェルノブイリの今の姿から福島の子どもたちの行く末を考えると、彼らの人生には様々な形で重荷がのしかかってくるのではないかと思います。それは肉体的な影響、あるいは精神面、社会的な問題、結婚、妊娠、出産の問題も含め様々な問題が出てくるでしょう。だからこそ我々が何かをしなければならないと思います。この子たちは被ばくという問題にずっとつきまとわれるようになる気がしてなりません。そのような子どもを少しでも減らしていくのが我々大人の責務ではないかと思います。

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