寄稿「医療事故調査制度 再発防止のため、システム・エラーの解明を」


医療事故調査制度
再発防止のため、システム・エラーの解明を

理事 北村 龍男

はじめに
 平成27年10月より、医療事故調査制度が発足する。医療に起因(起因すると疑われる場合も含む)する、病院・診療所等の管理者が予期しなかった死亡・死産について調査を行い、医療安全を目的とし、原因究明、再発防止を行う。この制度は平成26年10月1日に成立した改正医療法に規定されている。全国計18万か所の病院、診療所等が対象になる。
事故調ではシステム・エラーの解明を
 医療事故の原因究明、再発防止のためには、直接診療に携わった医療担当者(医師、歯科医師、看護師、薬剤師等)の医療行為についての解明が必要である。しかし、医療担当者の責任を明らかにするヒューマン・エラーの解明に留まっていては、真の原因究明、再発防止を行うことは出来ない。システム・エラーを解明することなしには、医療安全の目標を達成することはできない。
「ウログラフィン」誤投与事件、何故再発が繰り返されたか
 平成26年4月に国立国際医療センター病院で起こった「ウログラフィン」誤投与事故の刑事裁判で、一審判決(禁固1年、執行猶予3年)が平成27年7月14日に言い渡された。「ウログラフィン」脊髄腔内への誤投与により、これまで7名(全国医師連盟調査)の方が亡くなられている。1963年から期間を空けながら散発的に繰り返されている。全ての患者さんとご遺族に哀悼の意を表します。この他に死亡に至らない事例も少なくないと思われる。なぜ同様の事例が繰り返されているのか? 痛ましい医療事故の教訓が、再発事故を防ぐのに役立っていないか。
 今の社会は、大変複雑なシステムで構築されており、安全を一個人の注意などに依存することは出来なくなってきている。事故の原因をヒューマン・エラーに求めていては、事故の再発防止策は作り上げることができない。ヒューマン・エラーは避けられないものであり、それをカバーするシステムが必要であるという考え方が、事故の再発防止に有用である。利用者が誤って操作しても危険に晒されることがないよう、設計段階で安全対策を施しておくことも必要である。これらの考えは、医療の現場のみでなく、いかなる事故の再発防止策に欠かせない。2度と起こしてならない人命に関する事故、特に病状の改善を期待して受ける医療では、食い止める対策が求められる。。

 今回の事故との関連では、当該医療機関には、院内教育体制、薬剤師あるいは看護師と担当医師によるダブルチェック体制がマニュアルでも更に勤務体制の面でも保障されているか、などのシステム上の改善が求められる。また、製造メーカーには、過去7件も発生した死亡事故への有効な対策、誤った医療行為を防ぐ医療器具の設計、注意喚起の記載の工夫が求められたはずである。即ち、システム・エラーとして、医療機関の管理体制、医療機器の改良の両面から解明を求めることが欠かせない。原因の究明を、ヒューマン・エラーに求める、いわば現象面のみをとらえているだけでは、再発防止のための方策は生み出せない。
非懲罰性、システム指向性を強調する「WHOドラフトガイドライン」
 また、医療事故調査では、非懲罰性が担保されなければ、当事者が訴訟を恐れ、調査の中で真相を告げることが困難になる。その結果、十分な再発防止策、医療安全に繋がる措置、対策を作りあげることが出来ず、遺族・被害者、国民の期待に応えることも出来ない。
 医療事故のみでなく、事故から学ぶことは大きな財産になると思われる。現場の医療担当者が事故の状況を正確・率直に伝えること、また、管理者がシステムとして対応することが厳しく求められる。患者安全のための世界同盟では「有害事象の報告・学習システムのためのWHOドラフトガイドライン」の中で、成功する報告システムの特性として、次の点を上げている。「患者安全を高めることに成功する報告と学習のシステムは、以下の特性を備えているべきです。 ・報告することが、報告する個々人にとって安全であること ・報告することが、建設的な対応に繋がること ・専門家の意見と適切な財源が必要です。報告を受け取った機関は、情報を広く知らしめ、改善のための勧告を行い、解決法の開発について報じることが出来なければなりません」と記載している。さらに、非懲罰性、秘匿性、独立性、専門家による分析、適時性、システム指向性、反応性についてその必要性について述べている。特に、非懲罰性に関して「患者安全に関する報告システムが成功する上で最も重要な特性は、そのシステムが懲罰を伴ってはならないことです。報告者とその事例にかかわった他の人々のいずれについても、報告したために罰せられることがあってはなりません。公的システムでは、この要件を満たすことが最も難しいことです。というのは、世間一般の人々は個人が咎められるべきであると考えがちであり、「犯人」を罰すべしとの強い圧力が働きかねないからです。おそらく一時的に感情的な満足は得られても、このやり方は必ず失敗に終わります。隠すことができるエラーについては、誰も報告しなくなるだろうからです。報告者を非難から守ることは国レベルのシステムとして重要です。これを行う最善の方法は、報告内容を守秘することです」と述べている。また、システム指向性については「勧告の内容は、個々人の能力を対象とするのではなく、システムやプロセスあるいは製品を変えることに焦点を絞るべきです。これの基となる考え方とは、たとえ個人のとんでもないエラーであっても、それはシステムの欠陥に起因するものであり、そのシステムの欠陥が矯正されなければ、別のとき他の人によって再び繰り返されるということです」と記されている。
まとめ
 医療事故調査制度の発足により、医療事故の再発を防ぐため、原因をヒューマン・エラーの解明にとどめるのでなく、システム・エラーの解明を行うことを期待し、そのために非懲罰性の必要性を強調したい。WHOドラフトガイドラインから学び、医療事故の真の原因究明、再発防止のための対応を求める。

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