寄稿・TPP参加と国民皆保険制度への影響 寺尾正之氏


TPP参加と国民皆保険制度への影響 

保険給付の縮小と営利産業化の危険性

全国保険医団体連合会 事務局次長 寺尾正之

 

アメリカやオーストラリアなど9カ国による環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の第14回拡大交渉が9月15日、閉幕した。具体的な成果の発表はなく、関税撤廃など各国の利害対立が激しい分野は意見調整が続いている状況だ。各国は2013年中の妥結に照準を合わせているが、次回12月の交渉からはカナダやメキシコが参加し協議は一段と複雑化する見通しだ。TPP参加による国民皆保険制度への影響について解説した。

 

医薬品の特許強化が焦点に 

TPP交渉での医療制度に関する協議は、医薬品をテーマに2つの分野で交渉が行われている。一つは「制度的事項の『透明性』の章」で、政府の医薬品の保険償還価格の決定過程に製薬企業を参加させることが焦点になっている。二つめは「知的財産の章」で、医薬品のデータ保護=特許保護の強化について協議が行われている。

TPP交渉を担うアメリカ通商代表部は、わが国の国民皆保険制度を“魅力的な巨大マーケット”と位置付けて、長年にわたり日本政府に対して要求を突きつけている。2011年の「医薬品アクセス強化のためのTPPでの目標」や「外国貿易障壁報告書」で、▽医薬品の価格決定の透明性を高め、保険償還価格を見直す▽高薬価を維持する「新薬創出加算」の恒久化▽外国事業者を含む営利企業による営利病院運営(2012年の外国貿易障壁報告書には明記されていないが、要求を断念したわけではない)▽包括的な医療サービス(混合診療)の提供―などを求めている。

上がる薬価 差額負担の導入か

TPP交渉でアメリカは、「一定の規制製品に関する方策」の条項に「医薬品のデータ保護」を盛り込むよう提案している。▽特別な安全性、質、効果を有する医薬品についてはプレミアムをつけて評価する▽先発医薬品メーカーが新薬の臨床実験データの独占権を持つ―などの要求が交渉で合意すれば、後発医薬品の開発・生産が封じ込められ一方で、新薬の価格は高騰することになる。

日本の薬剤費は9.8兆円、概算医療費の33.0%(2010年)を占めるが、保団連の「薬価の国際比較調査」では、日本の薬価はイギリス、フランスの約2倍、ドイツの約1.5倍と高薬価構造である。ところがアメリカは日本の1.39倍で、2倍超の価格の医薬品もある。先進国の中で日本の薬価は高いが、さらに高いのがアメリカの薬価である。

TPPに参加すれば、日本の薬価がさらに上がり、薬剤費は膨張する。公的医療保険財政が悪化し、診療報酬本体=技術料の引き下げに向かうおそれがある。

上がる薬価への対応策として検討されているのが「日本型参照価格制度」である。この仕組みは、医薬品の保険給付に上限を設け、超過分は患者自己負担とする。つまり薬剤の差額負担である。7月に行われた厚生労働省版「提言型政策仕分け」がまとめた後発医薬品医用促進に関する提言では「参照価格制度の検討」が明記された。過去には1997年に厚生省(当時)が検討を行い、2008年には政府の規制改革会議が中間報告に盛り込んだ。患者から1~3割の窓口負担に上乗せして薬剤の差額負担を強いる仕組みを導入することが懸念される。

 

先進医療を拡大 特許対象に

日本の国民皆保険制度は、有効性、安全性、普及性等の条件がそろう最新の医療技術などを保険給付の対象に組み入れてきた。

一方、アメリカは手術方法など医療技術を特許保護の対象にしている(日本やEUは特許保護の対象にしていない)。TPP交渉でアメリカ通商代表部は、「人間の治療のための診断・治療及び外科的方法」について特許対象化するよう提案し、アメリカ先進医療技術工業会も、「規制や償還制度」への具体的対応を求めている。

日本経済新聞は8月17日付けの記事で、「中医協で森田会長は5月、最新の医療技術を『費用対効果』で厳しく選別していく方向を示した」と紹介。「抗がん剤は本人が負担し、その他の基本診療部分だけ保険を適用する『混合診療』案などが浮上している」と報じている。

最新の医療技術などのうち、厚労省が認めた混合診療(保険外併用療養費制度)が「先進医療」である。2010年から2011年の1年間の実績を見ると、自由診療の先進医療が98億円で、基本診療部分(保険給付)は75億円、合計173億円である。これは概算医療費36.6兆円のわずか0.047%である。

最近、民間保険会社が、「先進医療保険」の販売に力を入れているのは偶然のことではない。TPPに参加すれば、先進医療の対象が拡大され、特許対象となって価格も上がる可能性が高い。前述の新聞報道のように、混合診療の拡大・全面解禁に向かうことが強く懸念される。

TPP交渉では、ISD条項を盛り込むことが確実になっているが、国民皆保険制度への影響として、例えば、政府や地方自治体が患者の窓口負担を軽減した場合、A保険会社が、民間医療保険の販売が縮小することを理由に、日本政府に対し、損害賠償をおこすことができるようになる。同様に、先進医療の承認を受けた医療技術を保険適用した場合、先進医療保険の売れ行きがダウンするとして、損害賠償を請求できることが可能になる。患者窓口負担の軽減が進まず、先進医療の医療技術が保険適用されないまま、保険外に据え置かれるおそれがある。

 

営利企業による病院運営

TPP交渉に参加しているアメリカやニュージーランドなどは、営利企業病院を認めている。TPPに参加すれば、日本も営利企業の病院運営を認めるよう迫られるであろう。

厚生労働省は、「剰余金配当については、非営利性を損なうものであり適当ではない」との見解だ。営利企業による病院運営では、出資者に対する剰余金の配当が最優先される。そのため、①コストの削減で安心・安全の医療が低下する、②不採算の医療部門・地域から撤退もしくは進出しない、③所得によって患者を選別する、④医師、看護師等の過度の集中を招く―などが懸念される。

TPPのモデルとされる韓米FTAでは、韓国政府が「経済自由区域」において営利病院の開設を認めた。しかも、韓米FTAに盛り込まれたラチェット条項によって、営利病院を認める法律を廃止することができなくなった。

日本でも「国際戦略総合特区」対象区域には、関西イノベーション特区、京浜臨海部ライフイノベーション特区など7区域が指定されている。韓米FTAのように特区において営利企業病院の開設が認められる可能性がある。

 

TPPは国民皆保険制度を壊す

政府が閣議決定した「日本再生戦略」(2012年7月31日)は、①公的保険で対応できない分野についても民間の活力を活かす、②公的保険外の医療・介護周辺サービスを拡大する、③医療・介護システムをパッケージとした海外展開、④医療・介護・健康関連分野で2020年度までに約50兆円の市場を創出する―など医療を営利産業化する方針を打ち出している。

政府の税と社会保障の「一体改革」を進める社会保障制度改革推進法にも、制度見直しによる

保険給付の「範囲の適正化」=給付の重点化・縮小に踏み込む方向が盛り込まれた。

TPPへの参加によって、薬価の高騰、先進医療の対象拡大、営利企業病院の開設、混合診療の拡大・全面解禁が進行する一方、公的保険給付の範囲が縮小し、医療の営利産業化が強化される危険性がある。

わが国の国民皆保険制度の特徴である、①全ての国民が加入対象・保険給付の対象、②公定価格の報酬制度で全国一律の給付、③患者の判断で医療機関を選び受診するフリーアクセス、④医療そのものを現物で給付する―が壊される一方で、民間保険に加入していなければ、十分な医療が受けられなくなる国民皆保険制度になりかねない。

医療産業市場は膨らむが、その膨張分の出どころは患者の自己負担であり、財力によって受けられる医療の格差が広がる社会となることは明らかだ。国民皆保険制度を壊すTPPへの参加は断念すべきである。

 

《ことば》

「ISD条項」とは?

●「投資家対国家の紛争解決条項(Investor State Dispute Settlement)」

●自由貿易協定で、投資先の国が行った施策・規制によって、不利益を被ったと企業や投資家が判断すれば、裁判に訴えることができる

●世界銀行の傘下にある「国際投資紛争解決センター」などが仲裁機関に指定されている。審理は非公開で、上級の仲裁機関に訴えることはできない

●訴えられるのは政府だけでなく、地方自治体が行う施策・規制も対象になる

「ラチェット条項」とは?

●逆進防止装置と訳されている

●一旦、規制を緩和すると、何があっても元に戻せないという規定

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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