寄稿「参議院選挙と今後の医療改革」日野秀逸氏



参議院選挙と今後の医療改革

東北大学名誉教授 日野 秀逸

160715日野秀逸氏hp用1 安倍政権の医療政策―自助・互助・営利化
1)自民党改憲草案が起点―家族主義の強調

 自民党日本国憲法改正草案(2012年4月27日)は、新たに前文で「家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する」、第24条1項(新設)で「家族は、互いに助け合わなければならない」と規定し、自助と共助を強調した(「自助、共助の精神を強調した」『憲法改正草案Q&A』自民党)。この上に「今後の社会保障に対するわが党の基本的考え方(骨子案)」(2012年5月15日)が作られ、民自公3党による「税・社会保障一体改革関連諸法」(2012年8月10日成立)の基本となった。「一体改革法」に基づいて「社会保障改革国民会議」が設置され、その報告に基づいて、2013年12月5日に「プログラム法」が成立し、2015年までに実施すべき医療政策が示された。その具体化である「医療介護総合確保推進法」が2014年6月18日に成立し、「促進法」の具体化として健康保険法や国民健康保険法など5本の「改正法」をまとめた一括法(医療保険制度改革関連法)が2015年5月27日に成立した。
 なお2015年12月24日に経済・財政諮問会議で決定した「 経済・財政再生計画改革工程表」が、2020年までの医療政策「改革」を示す現時点の工程表である。

2) 最大の特徴は医療の営利化
 安倍政権の医療政策を特徴付けるのは医療の営利化である。「社会保障をはじめとする公的サービスの産業化の推進」を目的に掲げ「企業等が医療機関・介護事業者、保険者、保育事業者等と連携して新たなサービスの提供を拡大することを促進する」と明記した「骨太方針2015」を昨年6月30日に閣議決定した。当時の甘利担当大臣は、同日の記者会見で、「本来、産業としてなじまないところを産業化し、新たなエンジンに加えているということが極めて斬新」と絶賛した。この「成長戦略」としての医療、医療の「営利企業化」が安倍政権の医療政策の特徴である。

2 参院選後に改悪が予定されているもの
 上記の「改革工程表」(非常に詳細・複雑)や、その地ならしをした財政制度等審議会の各種建議をもとに、参院選後に具体化が予想される主な医療政策を列記する。
 1)外来受診抑制の定額負担:一回の受診毎に自己負担を課する。まずは100円から、などの案が議論されている。いわゆる「ショバ代」であり、医療へのハードルを設置するものである。将来的には、為政者の胸先三寸で相当に引き上げられる危険がある。

 2)後期高齢者の窓口負担を現行1割から2割へ:75歳以上で、多くの病気を抱えがちな人びとの一部負担を2倍にするというもの。老人医療自己負担ゼロ(1973年実施)からの距離を思えば、新自由主義・構造改革が日本社会を動かしたベクトルを確認しなければならない。

 3)前期高齢者の高額療養費制度の限度額引き上げ(入院、外来とも):自己負担限度額を引き上げるもので、当然ながら負担増である。

 4)かかりつけ医以外を受診した場合の定額負担:そもそも「かかりつけ医」が特定できない現行制度のもとでは、不可能な政策。この方針が具体化されるとすれば、法的に確定された「かかりつけ医制度」が必要である。「かかりつけ医制度」は、専門医との関係や、病院との関係、介護制度との関係など、広範な分野を含む制度設計が必要である。

 5)市販品類似薬(湿布、漢方薬、目薬、ビタミン剤、うがい薬)を全額自費に:ここでは、医学的根拠に基づいて、当該薬を処方する医師の専門的裁量権が侵害されることが問題になる。また、必要な医療は公的保険でまかなう、という「国民皆保険」制度の趣旨に反することも問題になる。

 6)すべての病床で、入院時の居住費(水光熱費・月1万円程度)を徴収する:大幅な自己負担増になるが、特に低所得層ほど負担感が重くなる。

 7)入院給食260円から360円(2016年実施)、これを460円(2018年)に引き上げる:治療の一環としての入院給食という原点から議論をして対応しないと、次々に引き上げられる危険がある。

 8)後発薬の割合を2017年末に80-90%に引き上げる:このパーセント自体が適正なのかどうか、という議論がある。さらに、新薬と後発薬とのギャップ分を患者負担にするという方針であり、患者負担増とともに医師の専門的裁量が尊重されるかどうかが問題になる。

 9)医療費の高い都道府県の診療報酬引き下げ:2015年5月成立の「医療保険制度改革関連法」によって国保の財政運営が県に移管された。塩崎厚生労働相は2016年1月6日に、都道府県別の診療報酬設定について「(将来的に)そういう時代が来る可能性はあると思う」と述べた。医療費の高い県が、医療費低下のために低い診療報酬を設定することも可能だというのである。

 10)長期療養のための療養病床を大幅に削減:政府は重症者向けの病床をリハビリなどの軽症者向けの病床に転換させる方針である。介護制度での施設入所ハードルが高くなったことと合わせて、療養の場を失う人が増えると予測される。

 1)から8)までは、いわゆる受診抑制策である。自己負担を課して、経済的に医療を遠ざける性格のものである。一般に、低所得層が受診や療養継続が困難になる。9)は医療保障制度の問題で、都道府県に医療費削減競争を強いる政策である。全国平均が物差しになるので、「目標達成」によって、平均が下がり、際限ない医療費削減スパイラルに追い込まれる。10)は公的な医療提供体制の縮小であり、介護施設事業への大企業参入が相次いでいる事態と合わせて考えなければなるまい。

おわりに―参院選の特別な性格
 日本の医療は憲法25条に基づく制度であり、平和的生存権を担保するものである。医療のよって立つ憲法を否定し、生存権や主権在民や恒久平和主義等々の憲法に基づく制度(安倍総理はこれらを「戦後レジーム」と呼ぶ)を拒否するのか否かが問われている。「社会保障と立憲主義の野党+市民」対「大企業優遇と改憲の自公+補完勢力」が、参院選の構図であろう。
 TPP協定の賛否など、小論で触れることができなかった参院選での医療に関する論点については、「座談会=高齢者の貧困と社会保障:河合克義(明治学院大学教授)浜岡政好(佛教大学名誉教授)日野秀逸(東北大学名誉教授)」(『経済』2016年7月号)と拙論「TPPでどうなる日本の医療」(『労働総研クォータリー』2016年夏季号)を参照されたい。

This entry was posted in 講演録. Bookmark the permalink.

Comments are closed.