講演要旨「どうする?医療・介護 アベノミクスに勝てる対案」(2016.10.29)


どうする?医療・介護 アベノミクスに勝てる対案

立命館大学経済学部教授 松尾 匡

なぜ内閣支持率が高いのか
3面松尾匡 2016年1月に、大月書店から、『この経済政策が民主主義を救う』という本を出版しました。その内容を、出版後起こったことや知ったことを含めて講演いたしました。
 まず内閣支持率をお見せしましたが、本稿執筆時点の最新データで記します。このところ安倍内閣の支持率は比較的高い水準を維持してきましたが、2016年12月3日、4日に実施されたJNNの世論調査によれば、前月より4.4ポイント増の61%となっています。不支持は36.6%と、前月よりも4.3ポイント減っています。ところが同じ調査によれば、年金制度改革法案を「評価する」と答えたのは31%、「評価しない」が55%となっています。カジノ解禁法案に対しては、「評価する」は24%、「評価しない」が55%となっています。
 この前月の調査でも内閣支持率はやはり高かったですが、同時に行われた調査で、自民党総裁の任期延長を「評価する」が29%、「評価しない」が56%、山内農水相の進退について「辞任する必要はない」は30%、「辞任すべきだ」は59%、自衛隊の「駆けつけ警護」については、賛成は34%、反対は54%となっています。
 つまり個々の政策については、安倍内閣のやることなすこと、ことごとく反対の方がずっと多いのです。にもかかわらず内閣支持率は高い。12月の調査では、自民党の支持率は34.5%で前月より2.6ポイント上昇しており、野党は民進党の8.4%以下、全部束になっても到底及びません。支持政党なしが43%もありますが、野党はそれを支持者として集めきれていないのです。
 なぜこんなことになっているのか。世論調査をすると、重視する政策のトップ2は、いつも「社会保障」と「景気・雇用」です。改憲問題などはそれに比べると少ないです。これは一貫して変っていません。
 夏の参議院選挙のときの朝日新聞の出口調査の結果もやはり同じで、トップが「景気・雇用」で30%。その次が、「社会保障」22%。比例区で自民党に投票した人のうち、憲法を変える必要はないと答えた人は32%もいて、憲法問題を最も重視して自民党に入れた人は5%しかいません。憲法問題などに関して、安倍さんに賛成できないと思っているかなりの人が、自民党に入れているということがわかります。

民主党時代はひどかった思い出
 やはり、多くの人々は、景気が一番の関心事で自民党に入れ、安倍内閣を支持していることがわかります。この背景には、このかんの長期不況で多くの人々が苦しんできた事実があります。例えば、1人当たり食物エネルギー摂取量の低落、自殺する男性の増加、身体を売る女性の増加などが、失業率の上昇で説明できます。
 こうしたことを批判して民主党政権ができたはずでしたが、その結果状況が改善されたかというと、全く逆。GDPは落ち込んでいましたし、雇用者数もリーマンショック後の落ち込みから全然回復しないままでした。後に安倍内閣ができてからは一変して、月4万人のペースで雇用が増加しています。
 民進党は選挙時に、雇用が増えたのは非正規ばかりで正規雇用は減ったと言いましたが、正規雇用が減って非正規雇用が増えていたのは、民主党政権の時代にも進行していた事態です。2014年あたりから、ようやく正規雇用は増加傾向に転じ、目下リーマンショック前の水準を回復して増えています。
 また、安倍政権になって実質賃金が減ったという言い方もしていましたが、実質賃金は民主党政権期にも基本的には減っていました。しかも安倍政権に入って、実質賃金が下がったことの大きな要因の一つは、消費税の引き上げですが、これは民主党政権のときに決めたことです。それは有権者がみんな覚えていることです。
 先の参議院選挙では、若者世代の自民党票が多いことも話題になりましたが、学生にとっては就職が人生に影響する関心事です。実質就職率で見ると、民主党政権期はちょうど落ち込んでいて、安倍政権になって伸び、リーマンショック前水準を超えて、2015年度から7割を超えています。
 日銀の意識調査によれば、景気が「良い」と答える人はいつだってほとんどいません。しかし、景気が「悪い」と感じる人、「どちらかと言えば悪い」と感じる人ともに、民主党政権時代よりも安倍政権時代は確然と減っています。「どちらかといえば良い」と「どちらとも言えない」は、民主党政権時代よりも安倍政権時代が確然と増えています。つまり、有権者の意識では、現在決して暮らしが楽だとは思っていないが、民主党政権時代はもっとひどかったと認識されているのです。これが四度にわたる安倍自民党の国政選挙圧勝をもたらしたのだと思います。

好況で安倍圧勝のチャンスか
 安倍さんは改憲の悲願のために、総選挙でのさらなる圧勝を狙い、一層の好景気を演出して解散すると思います。そのために追加の財政支出をつぎ込んでくるでしょう。安倍政権発足後一年たらずは、大規模な金融緩和と並行して公共事業の大盤振る舞いがなされ、景気を拡大させましたが、その後公共事業は消費税増税の打撃に追い打ちをかけるように削減が続き、実質政府支出全体でも頭打ちになっていました。景気が足踏みをしたのはひとえにそのせいと言えます。それゆえ、政府支出の拡大を再開させれば、好景気の演出は容易なことと思います。賃金総額は2015年後半にリーマンショック前水準を超えて増加し続けています。正規雇用を含む雇用の拡大は続き、実質賃金は上昇し、住宅建設もマイナス金利で増え、円安も始まり、安倍さんにとって好機が到来しつつあると思います。

緩和マネーを医療・介護に
 それに対抗するにはどうすればいいか。今、欧米では、日本と同様、大企業の顔色ばかり伺って大衆の困窮に手が打てなかった中道派の人気が凋落し、もっと左右の勢力が、民衆のためにおカネをかけることを主張して台頭しています。
 拙著『この経済政策が民主主義を救う』では、英労働党の最左派党首コービンさんや、EUの共産党や左翼党の連合である「欧州左翼党」、ギリシャやスペインで躍進した新興左翼政党、欧州の労働組合の連合である欧州労連などの欧州左派勢力の主張を紹介しています。共通する主張は、大企業や富裕層への課税や、税金逃れの捕捉、不要な大企業補助金のカットなどと並び、中央銀行の独立性を批判してその量的緩和マネーを使って民衆のための財政支出をまかない、景気と雇用を拡大することです。コービンさんはこれを「人民のための量的緩和」と称しています。こうした主張は、アメリカのリベラル派経済学者の、スティグリッツさんやクルーグマンさんら、多くの経済学者から支持・擁護されていることも紹介しました。
 その後知った例では、ドイツ左翼党創設者のラフォンテーヌさん、フランス大統領左翼候補のメランションさんらが、同様に、中央銀行の独立性を否定して政府財政をまかなうことを主張しています。
 北米では、アメリカ大統領選挙の民主党予備選挙で、最左派サンダース候補が五年で1兆ドルの大規模な公共投資を公約に掲げてクリントン候補に迫り、カナダで2015年に政権についた中道左派自由党のトルドー首相もまた、大幅な財政赤字を容認する大規模公共投資の公約で選挙に勝ちました。
 私たちもこれにならうべきです。左派側からこうした選択肢が出なかった時、トランプさんやハンガリーのオルバン首相のように、極右側から同様の拡大策を示した勢力が勝ちます。安倍さんが勝ち続けている日本は、その意味で、世界の最先端を走っているのだと言えるでしょう。
 財政危機論は新自由主義側のプロパガンダだというのが欧米左派の見方です。私たちもプロパガンダに騙されてはいけません。世の国債の四割は日銀が保有し、その大半は期限がきても借り換えして、元来おカネを返すことはないのです。だから、はばかることなく医療や福祉に公金をつぎ込むことを主張すべきです。景気が良すぎてインフレを抑制すべき時代には、大企業や富裕層に大きく課税して加熱を抑えればよい。不況ならば、無から作った緩和マネーで財源にすればよい。それだけのことです。

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