大阪放火事件・埼玉立てこもり事件 医療従事者を守るために
宮城県保険医協会顧問 北村 龍男
トラブルを事前に防ぐチャンスはなかったか。
大阪放火事件
谷本容疑者は極めて身勝手である。2011年には25歳の長男に対する殺人未遂で実刑判決を受けている。自身の自殺の踏ん切りをつけるために別居中の長男らを道連れにしようとした。西梅田クリニックとのトラブルは確認されていない。「自殺願望をいだいた人が、他人を道連れにしようと大量殺人を引き起こした拡大殺人」との指摘がある。許しがたいが、今回のトラブルを避けるチャンスはなかっただろうか?
谷本容疑者は2017年2月13日、行政書士事務所を訪れて生活保護申請の相談をしている。出所後就職もできず、収入源だった物件の家賃収入が途絶え、自分の住んでいたアパートの家賃も払えなくなり、生活保護申請を希望し行政書士事務所を訪れた。書類を浪速区に持参すると、担当者から「此花区に持ち家があるならそちらに引っ越せばいい」と言われた。しかし、此花区の持ち家はトイレもなく、売るに売れない物件であった。谷本容疑者はそこに移動した。3日後此花区に生活保護を申請したが、その後自ら申請を取り下げた。相談を受けていた行政書士は「そこで経済基盤が少しでも安定していれば、彼の人生はどうなったのか・・・」と述べている。
行政書士が指摘しているように、この生活保護で生活基盤が安定し、行政とのつながりが生まれ、生活を立て直すことが出来ていれば、今回の事件を未然に防ぐチャンスにならなかっただろうか。
埼玉立てこもり事件
在宅医療に献身的に取り組んでいた医師が、命を奪われる理不尽な事件。死後1日以上経過した母親に心臓マッサージをするよう求め、蘇生はできないことを説明されると、散弾銃を発砲した。
容疑者は母親の診療方針を巡って、ここ1年で十数回地元の医師会と電話でやり取りをしていた。過去には、利用していた訪問介護サービスのスタッフに暴言、介護事業所は数ヶ月でサービスを断った。病院受診時に他の患者より先に母親を診療するよう求め怒鳴る姿も認められた。
これらの執拗なトラブルは異常である。これらのトラブルは、放置せず対応すべきだった。ストーカー行為と同様の対策をとって欲しかった。
病院での火災、凶悪事件実態
病院火災
2018年に日本病院協会(2500病院が加盟)が会員病院の火災102件を集計している。出火原因は放火が33件で最も多く、病室やトイレにライターで火をつける事例が目立った。ついで、「たばこ」「調理機器」が各14件であった。
暴言・暴力について
病院では放火以外の凶悪事件もしばしば発生している(図表1)。
医療従事者が患者・家族からの暴力を受ける、暴言を浴びるなどのトラブルもしばしば発生している。全国訪問看護事業協会が2018年に実施した調査では、訪問看護師の45.1%が身体的暴力を、52.7%が精神的暴力を利用者や家族から受けたと回答している。97.5%の事業所が対策が必要としているが、60.4%は「具体的にどうしたらよいか分からない」と回答している。単独、少人数で訪問する在宅診療・訪問看護・訪問介護では不測の事態が起きかねない。
社会全体で医療従事者の安全を守ってゆく方策
先に述べたように、今回の事例ではわずかでも事件を回避するチャンスはあったかも知れない。しかし、同様の凶悪事件は続いている。思い出すのは、京都アニメーション放火事件、共通試験時の東大前刺傷事件などなどである。社会全体の不安感が大きな要因になっている。政治の責任が問われる問題でもある。それはさておき、特に医療・介護の分野での対応について述べる。
地域包括ケアシステム
医療・介護の分野で、患者・利用者・家族は多くの問題を抱えている。一方、医療機関の側にも取り組みに限界がある。課題が見えた場合、医療者と患者・利用者・家族との直接の話し合いでは、解決策を見いだせないことが多い。まずケアマネジャー、市職員に話を持ちかけるのがよいと思う。志木市のクリニックの関谷徳泰院長は「日常の訪問診療で、暴力的になってしまう方など危ないというケースに遭遇するケースはある。その際はケアマネジャーや市の職員などに相談する」と述べている。
そこで解決策を見いだすのが難しい場合には、地域包括ケアシステムでの個別ケア会議、或いは地域圏域会議などで取り上げるように提案する。これらの会議では、ケアマネジャー、或いは地域包括支援センターが主催者となり、医療・介護に直接かかわるものだけでなく、町内会、民生福祉委員、時には交番からの参加もある。このようなトラブルでは、地域の人々の知恵を集める対策が必要である。
一方、埼玉立てこもり事件では暴言など繰り返され、犯罪を防ぐ観点がもとめられ、十数回も医師会に電話が行っていたとすれば、ストーカーに準じた対応が必要だったのではないか。
自殺しようと思った。背景に孤立、孤独。
自殺願望は大阪放火事件、埼玉立てこもり事件に共通している。それだけでなく、最近は人を殺して死のうと思った、人を殺して死刑になりたいなどの言い分が目立つ。孤独、孤立を深めた末、自暴自棄となり犯行に及んだ可能性がある。
谷本容疑者のスマホ。電話番号の登録は一件もなく、<死ぬときくらい注目されたい>と検索歴あり。
介護する家族にも孤立させない支援が必要である。
現在、自助・互助が強調されているが、孤立・孤独を感じている人に自助・互助を強調しても効果は期待できない。必要なのは公助の充実である。社会保障をあらためて考え直す必要がある。
防災対策の再点検
避難経路の確認、防火設備の点検、緊急時の職員の行動管理についてのマニュアルづくりも提案されている。その通りである。しかし、整備のためには、財源が必要である。西梅田メンタルクリニックは立地の関係もあり、防災対策の余裕がなかったのでないか。
この機会にあらためて、充実した防災の観点から予算措置を考える必要がある。
2022/02/20