第14回子育て支援シンポジウム「子どもと貧困~格差社会の中で~」に取り組んで


第14回子育て支援シンポジウム
「子どもと貧困~格差社会の中で~」に取り組んで

地域医療部長 北村 龍男

はじめに

 2017年2月9日、フォレスト仙台において宮城県保険医協会は第14回子育て支援シンポジウムを開催した。今年のテーマは「子どもと貧困~格差社会の中で~」であった。シンポジストは、君島昌志東北福祉大准教授、岩城利充公立黒川病院小児科医師、大橋雄介NPO法人アスイク代表理事、特別発言は河瀬聡一朗石巻市雄勝歯科診療所長(協会地域医療部員)でした。
 前日には、いのち、緑、平和を守るみんなの会の「子育て支援と若者のくらしを考えるつどい(以下、「つどい」)」が行われた。また、NHKで「見えない貧困」が放映されるなど、深刻な子どもの貧困に関する報道が相次いでいる。 また、宮城県は平成28年度から平成31年度の「宮城県子どもの貧困対策計画」を策定している。
 これらは、子どもの貧困の深刻さと共に、多くの関心が寄せられている証拠である。本稿では、シンポジウムでの報告を中心に「子どもと貧困」について私なりに整理し、報告する。
 このシンポジウムを通じ、具体的な取り組み、行政への発信の重要性が指摘された。中でも私たち医師・歯科医師にとって、必要な観点として、次の二つのことを強く感じた。①子どもの貧困の早期発見に努めること、②格差社会が子どもの貧困の原因であり、自己責任を求めることが子どもの貧困をもたらしている。即ち自己責任を求めない格差のない社会を築くことが、根本的な子どもの貧困の解決策であること。
 尚、本稿はシンポジスト、「つどい」発言者の資料と私のメモを基にしました。

1.子どもの貧困の実態

 多くの具体的な事例・問題が報告・指摘された。複合的な問題があり、当然子どもの社会に影響している。シンポジストからご自身の一人親(父親)として13年間の孤独な子育ての報告もあった。
 子どもの貧困率(厚労省(2013)「国民生活基礎調査」)は、1985年10.9%が2012年16.3%に上昇していること、OECD 諸国のひとり親家庭の貧困率(内閣府(2014)「子ども・若者白書)はOECD 平均が31.0%の対し、日本は50.8%と最下位であることが報告された。
 経済的困難(貧困)が直接的に、不十分な衣食住、適切なケアの欠如・虐待・ネグレクト、文化的資源の不足、低学力・低学歴、低い自己評価、不安感・不信感、孤立・排除(小松祐馬氏)をもたらすと紹介された。
 これらを通じ、貧困の連鎖、子どもの貧困が若ものの貧困に繋がっていることが、訴えられた。

11.貧困の連鎖      子育てのそれぞれの時期の問題

 妊娠期からの対応が健康な子どもを出産するために貧困への対応が必要である。
 幼児期には、虐待され、可愛がられず、叱られ、ネグレクトされる。子どもを抱いて、親はスマホをしている。
 就学に当たって、ランドセルが買えないなども状況もある。
 就学後には、いじめ、修学旅行に行けない、不登校、その結果学習障害。発達障害が見られるケースが多い。
 中学・高校時代には、若い妊娠(中学2年が危険)。子どもが出来て育てると言っても、それはほぼ不可能である。複数のバイトをし、不登校・進学の断念など、将来への希望が見いだせない。
 この時期、特に幼児期には、「信頼できる大人との一対一の関係」「親が子どもの安全地帯」であることが求められる。しかし、この関係を築くことは極めて困難でる。幸せな家庭のモデルがない、片親、しつけが出来ていない、子どもが多いなどが貧困の連鎖につながることが少なくない。連鎖はどこかで断ち切らねばならない。

12.子どもの貧困は若者の貧困に直結している

 東北福祉大では約51%の学生が日本学生支援機構の奨学金を借りている。月18万円借りて、生活資金と学費に充てているケースもある。2000円を超える図書は推薦できないし、ゼミの合宿なども提案しにくい。学生は800万円を超える借金を抱えて社会に出る。結婚し、子どもが出来れば子どもの教育資金も必要になる。

 「つどい」での発言では、返済を滞納すれば、学生支援機構の延滞金は5%(以前は10%)である。回収は債券回収専門会社に委ねられ、厳しい取り立てがある。猶予の制度もあるがそのことは知らされていない。精神的に病んでしまう人が見られる。給付型の奨学資金が強く求められる。政府は給付型の制度を作ったが余りにも不十分である。給付型は成績で選抜され、必要とされる2%にも充たないとの指摘があった。
 「つどい」では、奨学金のことと共に、ブラックバイトの問題が取り上げられた。

2.子どもの貧困に対する取り組み

 それぞれのシンポジストの子育て支援の多彩な取り組みを教えられた。民間の現場での具体的な取り組みを始めることの重要性が述べられた。具体的な取り組みなしには、子ども達或いは母親の信頼を得ることは難しい。

21.多彩な取り組み

 学校では対応が難しい問題が多く、スクールソーシャルワーカーなどの専門集団などの第三者の関わりが必要で、解決能力を高める支援が必要であり、子どもだけでなく親への働きかけが欠かせない
 関心を持って長続きする活動が大切である。貧困の問題を抱えた子どもを見つけたとき、特に母親を中心に毎月会議を持ち、その会議の都度何らかの対策を持ち、集まりを繰り返し開いて行く中で具体的な対策が出てくる。個人的な問題にしない、多職種で問題を考えることは、決定的に重要と思われる。
 「支援の入り口としてのこども食堂」との報告があった。報告者は、避難所で活動をはじめ、自分で出来ることから始めようと学習支援に取り組んだ。それをきっかけに子ども食堂にも取り組むようになった。子ども食堂の急拡大の背景にあるのは、子どもの貧困への関心の高まり、関わりやすいイメージ、ネットワークや補助金などの支援の拡充がある。
 子ども食堂への取り組みでは、食べるだけでなくそこでの会話が求められている。栄養補給が目的ではない。食事を通じて、人間関係を育む。見えにくい問題の早期発見が可能になる。話しを聞くだけでも、外から見えなかったことが見えるようになることもある。子ども食堂の活動から見えたのは、社会資源(児童相談所、学校、スクールソーシャルワーカー、就労など)につなぐことの重要性である。
 歯科診療で口腔内の状況から、貧困状態が推定され、祖父の暴力が明らかになり、両親は発達障害であるケースが報告された。学校もうまく介入できていなかった子が歯科を受診した。スキンシップを求められ、抱きしめて上げることで、心を開くようになった。

22.第三者の参加

 親への働きかけ・子どもへの働きかけ、それを通じて具体的な対応を見つけること。対応はソーシャルワーカーなどの第三者が入ることが有効である。問題を解決することが目的でなく、問題解決能力をつけて上げる役割を担うことが目的となる。一方、解決の選択肢を増やすことが必要で、第三者が入ることで解決の選択肢を増やす

3.行政の役割
31.行政を巻き込んだ多職種連携

 行政に頑張って欲しい。このことは発信続けたい。民間の取り組みだけでは 問題の解決は難しい。民間と行政が協力を、そして粘り強く長く続けること。
 具体的な対応については、学校や行政を含め多くの分野の人との連携(多職種連携)が必要と強調された。第三者が関わることは、関わりを持つ多くの人が知恵を出し合うことにつながる。
 行政が解決できることは目の前にもある。就学時支援金は仙台市では6月に届けられる。就学前の支給の希望がある。

32.「宮城県子どもの貧困対策計画」

 平成28年度から平成31年度の計画が策定された。国の方針を踏まえたものであるが、多様な事業計画が組まれ、既存の支援策の拡大が見られ重要な第一歩と考えられる。しかし、計画策定に携わった、宮城県次世代育成支援対策会議は2回の会議だけで策定を決定している。しかも、宮城県独自の調査による実態を示す数値はなかった。協議会の中では「支援は就学前から必要」「支援は妊娠期から必要」「どのように支援するか」「市町村はどうしたらよいか」などの意見がだされた。
 課題として以下の点が指摘された。①小学校就学後の支援が中心になっている、②未就学児、更に妊娠期での早期発見、早期対応が必要、③福祉・教育だけでなく、母子保健を含めた総合的な支援が必要。

4.発見の困難さ

 「貧困の早期発見、早期対応」が必要と指摘されている。まず、貧困の子どもを発見しなければならない。子どもの貧困の発見は、難しいというご意見と、発見は難しくないというご意見があった。

41.発見の難しさ

 子どもの世界は、家庭と学校である。その子の日常生活の中に何らかの徴候がある。しかし、子どもはいつも自分をさらけ出している分けではない。子ども以外の家庭の様子を見るのは難しく、家庭の状況を聞き出すのも難しい。親密になればなったで親密さ故に知られることへの抵抗もある。プライバシーへの配慮が必要であり、特に経済状況は把握しにくい。さらに「教師が判断出来るか」「教師にそんな負担が掛けられるか」と言う問題もある。NHK の「見えない貧困」に取り上げられていた多重バイトなど、その背景を見つけるのは難しい。スマホの店で、子どもが母親に「iPhoneでないと恥ずかしい」と言っていた。これも「見えない貧困」である。
 地域には民生委員・児童委員など住民特に生活保護などに関わっている人がいる。この人たちとの多職種の連携が欠かせない。

42.早期発見のため工夫

 子どもの貧困を見いだすのは必ずしも難しくないとの意見もあった。「EUによる子どもの剥奪指標」の利用など、多様な子どもの実態把握が出来るように、生活が分かる指標が必要との提起があった。新生児の全例チェックが必要であり、その情報が教育など子どもの生活に関わるところに来ることが必要である。
 小児科の外来で話しを聞いて「大変でしたね」と伝えるだけで分かることがある。そして、第三者的な場所があるだけで状況把握はだいぶ違うとの指摘もあった。
 私たち医師・歯科医師、その他の医療関係者が、子どもの貧困に目を向ける。疾患の背景を見逃さない。これは必要な医療を必要な子どもに届けるために不可欠である。

5.子どもと貧困の根源は?

 いずれのシンポジストも「つどい」の発言者も政策的な、或いは社会的な対応が必要と指摘していた。
 子どもの貧困は親の貧困である。子どもの貧困が子どもに責任がないことは明らかであるが、親に責任があるのだろうか?
 親に自己責任を求めるだけでは 問題は解決しない。親の自己責任を求めるのではなく、どのような家庭でも同じ条件で、少なくとも最低限の生活が保障された子育てが出来ることが求められる。
 子どもの貧困は、格差社会の状況の反映である。現在、財源に限りがあるという理由で、社会保障で次々と負担増が求められている。子育てになぜ自己責任を言い出すのか? 自己責任を求めることは、格差社会の防波堤になっているのではないか? 生活保護状態にありながら申請主義のため生活保護を受け取っているのは20%と言われている。高額所得者、大企業に相応の負担を求めることなしには解決の方向を見いだせないのではないか?

まとめ 医師・歯科医師の取り組み

 保険医協会は、これまで14回の子育て支援シンポジウムに取り組んできたが、日常的な子育て支援の取り組みは出来ないでいる。個人的な案であるが、以下のような取り組みを提案する。
 ①診療の現場でも貧困に目をむけ、社会資源につなぐ。
 ②社会保障の後退を阻み、更に格差社会をなくす取り組みをすすめる。
 ③支援団体の情報を知らせる周知活動を行う。
 ④具体的取り組みを行っている医師・歯科医師の活動を知らせる。
 来年度も子育てシンポジウムの開催を提案します。シンポジウムの参加、アドバイスをお願いします。

(2017年3月23日記)

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