投稿「マイナ保険証~同意の有無とより良い医療とのアンバランス」


マイナ保険証~同意の有無とより良い医療とのアンバランス

宮城県保険医協会理事 八巻 孝之

 “患者様もスタッフも安心・受付での運用性抜群”と謳う医療機関・薬局向けオンライン資格確認端末が著者の勤務先にも設置されている。その画面に表示される“同意する”をタッチすると自己負担が増えることを住民のどれだけが知っているのだろう。

◆◇“同意すれば良い医療になる”の不思議◇◆
 厚生労働省は、マイナカードで受診してご本人が同意をすればより良い医療を受けることができると言い切る。例えば、自分が使った薬や過去の健康診断の結果を口頭ではなく正確なデータで医師等に伝えられたり、別の医療機関や他の診療科で処方された薬剤の情報も含めて情報提供ができたり、お薬手帳には記載されていない入院中の薬剤や院内処方の医療機関で投薬された薬剤も含め網羅的な情報が提供できること(ただし、レセプト情報であるため、1~2か月程度のタイムラグがあり)。などをメリットとして示している。本人が同意すれば、確かに、医療機関・薬局の端末と高度に連動すれば、より多くの種類の情報に基づいた総合的な診断や重複する投薬を回避して適切な処方を受けることができるだろう。しかし、実際に役立つのかと患者に問われれば、全くわからないと答えざるを得ない現状にある。

1)医療端末との連動を考えた場合
 マイナ保険証のシステムが医療機関でどれくらい役立つかは、結局、どれくらい電子カルテと連動するか次第であろう。
 仮に、電子カルテとマイナ保険証を通じた診療情報が高度に連動できる場合を考えてみる。例えば、処方する際に併用禁忌や重複処方、副作用歴に基づいて自動的に警告が電子カルテに表示されるのが理想的だと思うが、実際そうはいかない。厚生労働省が公表する「医療施設調査」によると、2020(令和2)年の一般病院における電子カルテシステム普及率は57.2%である。400床以上の病院に限っては91.2%であるが、全体としては約半分に留まっている。一般診療所における普及率も2020(令和2)年では49.9%であった。我が国の小規模病院や一般診療所における電子カルテ普及率は伸び悩んでおり、こうした便利な連携機能が実装される可能性は高くないのではないか。ただし、将来的には電子カルテの全国共通化・高度な情報共有が達成される可能性もあるでしょう。そう考えた場合の問題は、医療従事者が必要もないのに個人の診療情報を閲覧できることであろう。特に、芸能人や政治家などの有名人はそのリスクが高いと思われるので、院外の医療情報へのアクセス権限の管理が極めて重要な課題といえる。
 電子カルテと同じ端末内で完全に孤立した別アプリケーションで処方データを閲覧できる程度の状態を考えてみる。この場合、ディスプレイが1台しかない電子カルテ端末では処方入力画面(電カル)と処方歴(マイナ)が同時に表示できず苦労することだろう。いかにも使いにくそうである。お薬手帳で確認する方がディスプレイ内で場所を取り合わない分マシかもしれない。
 さらに、「マイナ保険証の医療データ閲覧用端末」と「電子カルテ端末」の2台のコンピューターが必要な場合を考えてみる。スペース・費用の両面から、全ての場所で2つの端末を設置することは非現実的であろう。もし、マイナ保険証用の端末が病院事務室に1台だけとなったら、実際に医師が処方する診察室・病棟では他院の診療情報は確認できない。これでは、“絵に描いた餅”といえる。

2)同意しないことを考えた場合
 処方歴などはリアルタイムに限りなく近い形でアップデートされる必要がある。同じ日に複数の医療機関を受診することも決して珍しいことではないからだ。今のところ、「患者の同意」なくして患者の処方内容などを確認することは出来ない。マイナ保険証が普及しても患者の同意が得られないケースを十分に想定する必要があるだろう。すぐに思いつく状況が2つある。一般外来で睡眠薬を希望する患者と救急外来で意識障害の患者である。そのため、患者が同意しなかった場合は重複処方を防ぐことは難しくなる。
 特に、睡眠薬の処方を求めて複数の医療機関を巡回している場合では、重複処方された睡眠薬が過量内服や転売などの形で利用されている可能性も想定され、医療機関として慎重な対応が必要となる。個人的な考えだが、患者の同意が得られない場合、睡眠薬のみを希望する一見さんはお断りせざるを得ない。一方、救急外来で意識のない患者に対応する場合、処方歴から意識障害や失神と関連しそうな疾患が推測できることがある。具体的には糖尿病、致死性不整脈、心不全、肝不全、腎不全、てんかん、心房細動、精神疾患などである。対応する医師としては処方内容を知りたい。本人の荷物にお薬手帳があれば、本人に処方歴を開示する意思があると解釈してお薬手帳の内容を確認するが、マイナ保険証しか持っていない場合は、意識障害のため患者の同意を得ることが出来ず、処方歴を確認することができない可能性がある。マイナ保険証が普及してお薬手帳を持たない患者が増えれば、意識障害への対応が難しくなるケースがでてくる。

3)同意すると自己負担がなぜ増えるのか
 厚労省が以下のように説明している。「今回の仕組みは、患者の方に同意いただくことで、薬剤情報等を提供するという従来の保険証にはない機能を利用することによるものです。同意がない場合には従来の保険証で受診した際と同じ負担となりますが、オンライン資格確認を導入している医療機関や薬局においてマイナンバーカードで受診しない場合であっても初診の場合に限り、一定のご負担をいただいています。「情報を活用してより良い医療を提供できる体制となっていること」についてご理解を賜ります」とお願いしている立場だ。
 具体的に考えてみたが、義務化を押し切る日本の医療DX、マイナ保険証が医療機関で実際役に立つ日はいつやって来るのだろう。マイナ保険証~同意の有無とより良い医療との関係について、著者は今のところ不思議で不可解な点が多いと思うのだが、会員の先生方は如何だろうか。

図 厚生労働省:マイナンバーカードの健康保険証利用について(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_08277.html#hokensho1

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