投稿「診療に生かす医療訴訟の身近な教訓 ~専門外の抱え込み医療への責任追及」


診療に生かす医療訴訟の身近な教訓 ~専門外の抱え込み医療への責任追及

宮城県保険医協会理事 八巻 孝之

 救急隊からの連絡、夜間看護師からの連絡、心の中では専門ではないと思いながら診療に当たるケースは多々あることと思います。一方、患者家族側にとって夜間休日の応召義務に対する宿直医の専門がどうであるかはあまり関係がなく、「専門外」であっても医師はしっかり治療してくれると思っています。最近、裁判所は医師の責任をどのように捉えているのかについて、医療安全の観点から判決事例を振り返る機会を得ました。
◆◇当直医に過大な注意義務違反を課した話題の事例◇◆
運転中ブロック塀に衝突した受傷者が搬送され入院後死亡した事例です。外科系当直として脳神経外科医が対応しました。搬送時の意識レベルはJCS(Japan Coma Scale)30不穏で振子様眼振があり、頬と顎・左鎖骨部から頸肋部にかけての打撲痕あるものの、血圧は安定、血液・尿・頭部CT検査のほか頭胸腹部単純X線検査も明らかな異常なしでした。医師は緊急な置を要する異常がないと判断して経過観察入院としましたが、その30分後に容体急変、呼吸停止に至りました。医師は、心肺蘇生術、外傷性心タンポナーデも考え超音波ガイドなしで穿刺を試み、心嚢液を除去することはできず、1時間半後に死亡、胸部打撲を原因とする心破裂の疑いと死亡診断書に記載しました。
 一審は患者側の損害賠償請求を棄却、二審高裁は一審判決を取り消し、医師の過失を認め、病院に対する約5000万円の損害賠償請求を認容しました。脳神経外科に一般に求められる医療水準ではなく、専門外であったとしても救急医療に従事している場合には救急医療に求められる医療水準を用いる、としたことが本判決の特徴です。なお、死因認定や救命可能性の判断などに対して批判の声も上がりました。
◆◇当直医に過大な注意義務違反を課した話題の事例◇◆
 食道・胃の痛み、胃のむかつき、不快感を主訴に時間外の救急外来を徒歩で受診した事例です。当直の消化器内科医には、「苦水が上がってくるような、何となく胸部に不快感のあるような痛み」と訴えました。聴診異常なく心電図検査の自動解析は「-(正常範囲)」「異常なし」でした。医師は自覚症状と心電図所見から逆流性食道炎の疑いと判断し、H2ブロッカーを処方して患者を帰宅させました。その10分後、病院から約500m離れた場所で倒れているのを発見・通報・他院搬送されましたが、翌日急性心筋梗塞で死亡しました。
 一審は、医師が安易に急性冠症候群の可能性を除外していたと指摘、転送して適切な検査・治療を受けさせるべき義務を怠ったとして約5000万円の請求を認容しました。二審は、患者側の請求を棄却しました。その理由として、循環器以外を専門とする医師が当該心電図から急性心筋梗塞を疑わせる徴候(軽度のST上昇の存在)を把握することは極めて困難で、症状も急性心筋梗塞としては典型的でないことを挙げ、見逃したことはやむを得ないとしたことが本判決の特徴です。なお、この事案と類似した事案(診察時に明らかな胸痛の訴えがなく心電図上わずかなST上昇あり)として、対応した2年目研修医の対応は不適切ではなかったとした判決もあります。
◆◇診療所で専門外の併存疾患の増悪を見逃した事例◇◆
 B型肝炎ウイルスキャリアの患者が甲状腺機能亢進症と診断され、診療所の医師による診療を受けることになりました。前医から診療所への紹介状では、バセドウ病で長期管理中、B型肝炎ウイルスキャリアであり肝機能障害に少し注意が必要であることが記載されていました。この診療所は、甲状腺疾患・糖尿病などの内分泌疾患や脂質異常症・痛風などの代謝性疾患が専門で、日本甲状腺学会認定専門医施設でした。医師はチアマゾールを処方し、継続的診療を行いました。5年後、患者が右半月板損傷の手術を受けるため他院に入院した際、術前検査で肝硬変および肝腫瘍が判明、その後、肝癌・B型肝硬変と診断されました。診療所の医師は適切な診療を怠たり、肝硬変および肝癌に罹患したとして約1億2000万円の損害賠償を求めて提訴しました。
 一審は、診療所での診療開始から約3年後の血液検査で肝硬変への進行が疑われる数値が記録されており、この時点で患者を肝臓の専門医療機関に紹介すべき義務を負い、少なくとも肝癌への進行時期を遅らせることは可能であったとしました。肝機能が悪化した場合に肝臓専門の医療機関を紹介することは、診療契約の内容に含まれると判断したことが本判決の特徴です。専門医療機関に受診をしているかを確認をしておくといった対応を経ていれば、この判決は変わっていたかもしれません。
◆◇3つの判例から得られる教訓とは◇◆
 これらの裁判例から得られる教訓は、以下の2点です。1つ目は、専門外の疾患を診る場合における裁判所の考え方が分かれていることです。2つ目は、自分の専門外の併存疾患が悪化する場合、通常は「併存疾患を全て自分で診なければならない」ということにはならないことです。しかし、診療を継続していく中で、併存疾患の悪化の可能性を患者に認識させ、専門病院に紹介するといった対応が求められる場面があります。
 専門外であっても何とか自分でどうにかしようと努力を重ねた結果、あしき結果が生じる例を見るのはなんともやりきれません。むしろ「良い専門医がいますから」と一人で抱え込まないようにすることが大切でしょう。一方、相談や紹介がしにくくなる場面や「主科はそっちじゃないの?」という場面は日常化しており、医療機関内の診療科同士のコミュニケーションの良し悪しが医療紛争の多寡に影響しているように感じます。だからこそ、総合診療外科医の心は大いに惑わせられるのです。日々の総合診療に必要となる一つに、紛争予防を意識した医療安全に対する自己研鑽が欠かせません。

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