投稿「宮城県立精神医療センターの役割、移転・合築は必要ない-検討過程を開示しながらの計画作りが必要-」


宮城県立精神医療センターの役割、移転・合築は必要ない

-検討過程を開示しながらの計画作りが必要-

宮城県保険医協会顧問 北村 龍男

はじめに
宮城県は唐突に、宮城県立精神医療センター(以下、精神医療センター)と東北労災病院の合築、富谷市への移転を発表した。
 精神医療センターを利用する患者・家族、医療・福祉関係者など当事者をはじめ多くの県民が、合築・移転に疑問を持ち、反対している。
 この宮城県の提案は二つの問題がある。①東北労災病院との合築により身体合併症の診療は充実するか? ②富谷に移転することで夜間救急の負担は軽減するか? の二つである。
 また、精神医療センターの地域での役割、宮城県の提案の意図についても確認したい。

1.身体合併症に関して

 岩館先生などによると、精神疾患を持つ患者さんの身体合併症は多種多彩である。合築のより解決する疾患もあれば、解決出来ないものもある。身体合併症が重症の場合は、総合病院の精神科と該当する診療科が協力して診療することがベターである。合築し労災病院と精神医療センターの間で往診、時には転院で診療するのは、患者・家族にとっても、担当する医師・看護師などの医療従事者にも、余計な負担がかかる。
 新築に関してコスト削減ができても、その後の運営に関して、「精神疾患と身体疾患がある場合どちらが入院を引き受けるのか? 調整は誰がするのか?」、「職員の給与格差は?」、「労災病院が撤退すると言い出したらどうなるのか?」などの懸念がある。
 身体合併症の問題は、総合病院の精神科と該当する診療科が担当することが望ましく、移転して合築することによって改善することは期待できない。

2.夜間救急について

 身体疾患の重症者の治療と、精神疾患の重症者の治療は異なる面がある。身体疾患だと、大学病院などのICUを有するような病院でないとできない診断治療がある。しかし、精神疾患の救急患者の多くは、重症であっても診断治療そのものは民間病院でもかわらないと言われている。設備やスタッフ数などで、精神医療センターや大学病院など一定の病院に限られることはある。一方、ベッド数などの関係で大学病院などには長く入院できず、民間病院に移り同様の治療が行われる。
 夜間の精神科救急に対応しているのは、宮城県では精神医療センターのみである。夜間救急で入院が必要な場合は、精神医療センターに入院することになる。実態は、措置入院(2018~2020年度、3年間の平均)は県全体で年平均155.7人、約3分の1が夜間救急での受け入れである。一方、夜間救急からの入院、即ち精神医療センターへの入院(2021年度)は医療保護入院80人、措置入院50人である。措置入院という面から見ても、夜間救急という面から見ても、精神医療センターの負担は大きく、移転によっては精神医療センターの負担は軽減しない。
 第一に指摘したいのは、精神科夜間救急は手薄であると言うことである。精神疾患で急を要する患者さんを長い距離搬送するのは、諸々の困難を伴う。宮城県には、夜間救急に対応出来る医療機関を複数にすることを検討してほしい。
 県内には、応急入院に対応できる応急入院指定病院が、県立精神医療センターの他に、東北大病院、仙台医療センター、石巻のこだま病院の4病院がある。応急指定病院は、夜間対応が条件に入ってないかもしれないが。これらの病院に、夜間の対応もお願い出来ないか。それぞれの医療機関にはこれまで以上の負担を掛けるが、宮城県が十分な配慮をしてほしいと思う。
 応急指定病院が、夜間の救急にも取り組めば、県北の精神科夜間救急の状態は、いまよりも大幅に改善すると思われる。移転・合築の必要はない。

3.精神医療センターを中心とした地域での取り組み

 精神医療センターの取り組みをホームページと岩館先生、小泉先生の講演から整理した。
 1957年に「県立名取病院」として誕生し、地域に密着した精神科医療を提供することを目指してきた。
 夜間救急は精神医療センターのみが対応している。 先に述べたが2021年度は130人(医療保護80人、措置入院50人)であった。
 註)岩館先生の講演では、精神科救急医療は一般社会が想定しているものとは別のもので、ICUのような特別の病棟ではない。救急用の特別な治療手段があるわけでなく、実質的には「時間外診療」に近い。
 措置入院にかんしては、指定医2名の確保、入院先病院の確保に時間がかかり、措置入院の3分の1が夜間救急で受け入れる。その結果措置入院は、夜間救急を実施している精神医療センターが引き受けることが多い。
 県北には入退院が多い病院がある。一方、県南には6つの精神科病院があるが、病床は少ない。県南1350床、県北2100床。精神医療センター258床が抜けると、県南で急性期への対応は困難になる。この点からも、現在地からの移転は回避すべきである。
 現在の通院患者約3000人中、2000人は名取市、太白区、県南であり、通院が困難になる。新精神医療センターの通院数を30名と想定すれば、今の多くの患者が宙に浮く。現存の50を超える診療所に受け入れる余裕はあるだろうか。
 精神医療センターは、診療活動に留まらず、退院後の患者さん、通院中の患者さんを対象に地域の人々と地域に根ざした多彩な支援活動を展開している。これらの地域包括ケアは、60年掛けて築いたものである。
県立精神医療センターを中心にした地域活動 令和2年度
・ディ・ショートケア: 3088件(前年4019件)
・訪問看護ステーション: 訪問件数 4638件、利用者数 296名
・地域医療連携室: 医療福祉相談 30489件
名取メンタルヘルス協会のグループホームの現状
・入居者 31名、スタッフ 23名
・医療観察法の入居者が増えている
 地域には、精神医療センターを退院したり、通院している人のアパートなどが数多くあると思われる。
 現精神医療センターの診療、更に地域と連携した活動は患者・家族に取っても、地域にとっても欠かせない状況になっている。新精神医療センターの周りに連携・支援体制を造るのは大きな努力と時間を覚悟しなければならない。精神医療センターの移転は回避すべきである。

4.宮城県の提案について

(1)県が謳っている意図について
①身体合併症・複数疾患への対応として、一般病院との連携、②通年夜間の精神科救急を担う精神医療センターの強化として全県をカバーする体制。この2点については先に述べたので、ここでは略す。
(2)村井知事の発言に関して
①令和4年10月4日、県議会での答弁について
 「働いている人、通院や入院している人も重要だが、その後にいる大勢の県民を最優先に考えたい」と答弁。
 県民を分断して、自らの提案を押し通そうとするもの。より低いレベルの医療提供体制になりかねない。少なくとも、地域医療構想調整会議での検討等を踏まえ、第8次医療計画、地域医療構想等の検討・取り組みの中で、今回の移転・合築についても検討過程を開示しながら検討すること。
②令和4年11月14日、記者会見での発言について
 「県立は、比較的症状の重い方を受け入れ、民間は、治療がある程度終わった方について通院等や入院して頂く」と発言。
 既に述べたが、精神科救急、医療について理解が足りない。この点からも、改めて検討し政策を立案すべきで、トップダウンは改めること。
(3)「東北労災病院と県立精神医療センターの合築による新病院の具体的な方向性(2023年、日本経営)について
 宮城県保険医協会は、2023年7月19日、宮城県保健福祉部の遠藤圭氏にを招いて「新病院の具体的方向性とは?」と題して講演して頂いた。内容は、日本経営の文書の説明であった。「東北労災病院と県立精神医療センターの合築による新病院の具体的な方向性」では以下の点が述べられている。
①精神医療センター移転元地への主要な影響
 「富谷市以南の患者が多きことを踏まえて現に利用している外来患者等に対する配慮が必要」、「精神医療センターが移転することによる機能重複を回避する必要」があると述べている。
 これらについては、既に検討した。”外来患者に対する配慮”は単に、診療体制を整えるのでは不十分で、地域包括ケアを含めて考える必要がある。
 県南の精神科救急対応ができなくなるのに、”機能重複を回避する”など検討しなければならないならば、移転の必要はない。
②精神医療センターの再編における基本方針 
 「移転し、合築・併設し一般診療科と精神科の連携強化」、「外来患者については
連携する南の新病院の外来機能を担うことを検討する」「新精神医療センターは、全県の措置入院、夜間救急を中心に救急機能を着実に担う病院とする」と述べている。
 ”合築・併設による連携強化”には身体合併症・複数疾患への対応は難しいことを既にのべた。”南の新病院の外来機能”については、医師・看護師等の負担が大きすぎ不可能との指摘が出されている。”全県の措置入院、夜間救急を着実にになう”には、夜間救急を担う医療機関を応急指定病院などを活かし複数化することを検討してほしい。

まとめ

 宮城県が意図している身体合併症の課題、精神科夜間救急の課題解決は移転・合築では難しい。
 一方、県立精神医療センターがこれまで60年かかって築いてきた地域の活動は、維持することが必要であり、患者・家族、医師・看護師など医療従事者、地域の人々の支援を活かすものである。
 宮城県の精神医療・保健・福祉等について、移転・統合を中止し、当事者を含めた幅広い検討からやり直す必要がある。検討過程を開示することは当然であり、少なくとも地域医療構想策定プロセスを踏まえ、第8次医療計画で位置づけること。

主な参考資料

○宮城県精神医療センターホームページ
○講演:県立精神医療センンター移転反対 
   名取メンタルヘルス協会 理事長 小泉潤 2022年12月17日
○講演:精神医療センターの富谷移転と合築に関わる問題点
  宮城県精神科病院協会会長、国見台病院理事長 岩館敏晴 2022年11月26日
○東北労災病院と県立精神医療センターの合築による新病院の具体的な方向性
2023年 日本経営

(2023/08/10)

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