投稿「エストニアに学ぶ」


エストニアに学ぶ 

宮城県保険医協会 顧問 北村 龍男     

はじめに
 行政システムのIT化に成功しているエストニアに学びたい。日本とエストニアの考え方・取組みの違いを確認し、その上でマイナンバーカード、マイナ保険証などについて考えたい。
 まず、牟田学氏、小嶋健志氏、別府多久哉氏等の新聞、WEBへの投稿等、総務省HPを参考にエストニアのIT化の特徴を整理してみた。                      

1.エストニアのIT化の現状
1 1.エストニアのIDカードと利便性
 エストニアは人口約130万人、1991年旧ソ連から独立を回復した。広さは九州程度で、島が多く、移動が困難と言われている。そのようなエストニアにとって、IT化は国民が情報を共有し、行政サービスを受けるために、極めて有用である。
 エストニアでは、11桁の国民番号で、電子署名・電子認証機能を搭載している。IDカードの取得は義務化されている。但し、保険証は廃止されていない。エストニアには、3つの電子識別手段があり、このうちeIDカードが日本のマイナンバーカードに相当する。MobileID(ほぼすべてのオンラインサービス利用),SmartID(一部のオンラインサービス)が利用可能である。
 行政システムのIT化は、行政手続きの99%まで進んでいる。例えば、2019年の国会議員選挙の投票数の43.8%が電子投票であった。このことは、選挙の利便性(身体の不自由な人、時間のない人も選挙権を行使できる)、更にコスト削減に大いに役立った。
  役所の行列、薬の処方箋、紙の契約書、パーキングメーター、紙幣はなくなった、引っ越しの手続きは、オンラインで住所変更をするだけなどの利便性がある。子どもが生まれると、病院側が出生登録し国民ID番号が付与される。名前は後からオンラインで届ける。
 公共分野で働く人は、IDカードや電子署名がないと仕事ができない状況がつくられている。情報の保有者は、誰が、いつ、どのような方法で、個人データを含むアクセスしたのかを記録する必要がある。違反者には、懲役刑もある

1 2.IT化をどのように進めてきたか
 国の制度をコンピューターに合わせた。デジタル化に対応出来るように法律を作り直した。それを踏まえ、IT化を慎重に進めた。
 1990年代後半 オンラインバンキング開始。
 2000年 電子署名の法律を整えて、電子閣議(e-Cabinet)開始。最初にやったことは、電子閣議を成功させ、効果を国民に示すことであった。
 2000年 納税システム、電子申告を開始。
 2001年 データ交換基盤X-ROADの利用開始。X-ROADにより、官民のデータベースを一元的2700以上のサービスと接続した。
 2002年 IDカード(eID:電子証明書)の開始。(日本のマイナンバーカードにあたる)
 2002年 公務員や警察官によるオンライン業務の体験。
 2003年 一般市民によるオンラインバンキングの体験(eIDへの移行)。
 2005年 一般市民によるインターネット投票の体験。
 2005年 教師、保護者・生徒による電子スクールの体験。
 2006年 裁判官や検察による裁判情報システムの体験。
 2008年 医師や看護師による健康情報システムの体験。

 エストニアではIDカードを使うべき優先順位は、強い権限を持つ人からと言われている。ITを利用することは任意、義務ではない。しかし、閣僚、公務員、警察官等は利用しなければ仕事はできない状況になっている。
 市民は、主に「問題の複雑さ」に基づいて、利用方法を選択できるとされている。IT化により、「複雑な問題」を「簡単な問題」にすることは可能になったと言われている。一般市民にとっては、IDカードがなくてもやっていけることが重要であろう。

1 3.医療保険では、保険者は一つ。
 エストニアでは業務の効率化と自治体の負担軽減を考え、医療保険を整理統合した。 保険制度自体を簡略化するなど、スッキリしたものにしないとデジタル化は難しいと考えた。こうすることにより、間違いを起こす可能性が少なくなる。医療情報についてはカルテ情報は各医療機関で共有し、処方箋の電子化で待合室で受け取りを待つ必要はなくなる。
 日本の医療保険制度は、複雑過ぎる。色々な保険制度が混在している。共済組合、健康保険組合、国民健康保険、後期高齢者医療制度などの制度があり、3000を超える保険者が個別にデータを管理している。元々正確な維持管理、システム化が困難である。保険者毎にマイナンバーをひも付けしているが、それぞれ財政基盤が弱く、多くの保険者が赤字であり、資金や人手が掛けられない。日本では、転職の度にひも付けをやり直していることも、混乱をもたらしている。医療保険制度そのものを変えないで、マイナ保険証をつくることは混乱を招く。 
 牟田学氏は以下のように指摘している。システムがきちんと動けるようにするためには、データベースの正確性と(人手を介さない)自動化が必要である。日本のひも付け誤りは、「人為的ミス」であり、起こるべくして起こっている。保険者のデータ登録が怪しいことが分かっていたのに、そのまま進めた。予測が出来たトラブルについて、対策をしないまま「マイナポータル」で健康情報が見られるシステムにしてしまった。デジタル庁、個人情報保護委員会に責任がある

1 4.医療機関で必要なこと
 エストニアではIDカードの取得は義務化されているが、健康保険証は廃止されていない。オンライン資格確認は、被保険者番号で保険資格が有効かどうかを確認すれば良い。医療機関では、被保険者番号を入力すると被保険者資格の有効性が表示されればよい。
 仕組み上はカード自体は必須ではない。  
 日本でのマイナ保険証化は、マイナカードの普及のために行われている。おそらく国もマイナカードと保険証の一体化を欠かせないものと考えてはいないのだと思う。

 

2.エストニアは何故IT化を選び、可能となったか

2 1.エストニアIT化の背景 
  人口が少なく、財政的に困難、その上ソ連からの独立で国は混乱していた。国民に行政サービスを行き渡らすにはどうしたらよいか。IT以外にはないと判断した。コスト削減効果は、毎年2%(エストニアの防衛予算に匹敵)と言われている。
 一方、IT技術は進んでいた。旧ソ連時代には、暗号技術に長けた技術者が存在していた。技術者達は軍事施設から民間企業に移りIT産業を盛んにした。

2 2.IT利活用のゴールの確認
 エストニアでは、IT利活用のゴールを「社会全体の幸福」としている。国として、国民が納得できる目標を掲げた。この政策の成功をもたらした。
 なるべくコンピューターに仕事をやってもらう。コンピュータが働きやすい環境をつくる。人間は人間にしか出来ないことをやる。
 日本では「国民のためのIT化とは何か」を改めて考える必要がある。

23.透明性と公平性をどう担保するか
 そして、その政策に対する信頼を確かなものにしているのが、透明性と公平性であろう。
 IT化は政府に信頼がなければ難しいと言われている。透明性以外に、政府の信頼を構築する術はない。エストニアはこれを法制度として確立した。政治家の収入、個人献金額は全て公開される。行政による徹底した情報開示が行われる。公共情報法、個人データ保護法、電子署名法が担保している。
 エストニアでは政府は信頼できないことを前提にしている。ソ連時代の辛い思いがある。
 政府・政治家は信頼されているわけではないが、政府の仕組みは信頼されている。国民が監視できる社会を作り上げている。
 これだと、日本政府には、国民から信頼される根拠がない。

 

まとめ
 行政サービス提供のIT化は成功すれば利便性は明らかである。
 マイナンバーカードの目的は何かを考える必要がある。利便性だけで考えてはならない。「社会全体の幸福」を目指さない限り、国民の支持は得られず、混乱は続く。
 国に国民全体の情報が集まるようなシステムの成功のためには、透明性・公平性が不可欠である。
 国の制度を誰にでも分かりやすくする準備が必要である。また、IT化のためのシステムも整える必要がある。国の制度が複雑のまま進めようとすれば、地方自治体、公務員に負担を強い、混乱を招く。
 IT化は、慎重に確認しながら丁寧に進める。
 現在の、日本政府が進めているIT化は一旦中止し、再検討する必要がある。

(2024/01/24)

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