学校歯科治療調査の結果の報告にあたって
年々、子どもたちのむし歯は減少してきました。例えば、12歳児の一人平均むし歯数は10年前と比べて半分になっています。そして、多くの学校で、歯科保健学習などにも熱心に取り組まれていると聞き及んでおりました。その結果、学校歯科保健は改善しているものと推察しておりました。
ところが昨年、大阪と長野で保険医協会が実施した「学校歯科治療調査」の報告を読んで考えさせられました。平均的に良くなったといっても、その内容を見ると、改善された部分があるものの、悪いまま取り残された子どもたちの存在が明らかになり、格差が広がっている実態が報告されていたからです。
はたして宮城県の実態はどうなのだろうかと気になりました。しかも、宮城県は子ども医療費助成制度が、県レベルでは全国最低水準にある県です。当協会の歯科医師の役員会で検討したところ、ぜひ実態調査を始めようということになりました。
調査には学校の校長先生や養護教諭の方々の協力がなければできません。幸い、調査結果を分析するのに充分なほど、多くの学校からの回答が寄せられました。ご協力に対して大変感謝申し上げます。これらの回答をまとめたものがこの報告書となりました。
調査結果は示唆に富むものでした。ここに、調査に協力いただいた学校の先生方にまずご報告いたします。そして、この問題に関係する行政機関にもお送りします。さらに、広く県民にこの問題を知っていただくために、マスコミへの発表も行います。
また皆様方におかれましても、この貴重な調査結果を様々な場で活用していただくことを願っております。ご活用のほど、よろしくお願いいたします。2014年12月 宮城県保険医協会
歯科代表 井上博之
子どもの歯科治療調査実施要綱
【対象学校】県内の公立小学校(403校)・公立中学校(210校)
【調査目的】集めたデータを基に子どもたちの歯科健診後の受診状況や口腔の実態を把握し、全ての子どもたちが安心して歯科治療を受けられるよう国や行政に働きかける
【調査方法】調査票はページ下参照
【調査期間】2014年9月1日〜2014年9月30日
【回収方法】調査票同封の返信用封筒またはFAX
学校歯科治療調査報告
●受診者率(治療報告書提出率)が小学校は5割、中学校は3割
宮城県保険医協会では、県内の公立小・中学校に向けて、2013年度の学校歯科治療調査を実施(2014年9月に調査)しました。小学校224校(回答率:55.6%)、中学校99校(同:47.1%)から回答をいただきました。 第一の設問で「昨年(2013年)に学校歯科健診で『健診を受けた児童数』と、そのうちで『受診が必要と診断された児童(生徒)数』、『要受診と診断され歯科医院を受診した児童(生徒)数』を教えてください。」と尋ねました。
回答のあった小学校で歯科健診を受けた児童は6万611人。このうち2万5199人(41. 6 %)が要歯科受診とされました。また、要受診と診断された児童の内、歯科を受診した児童は1万2706人とわずか50. 4%にとどまり、49. 6%の児童は受診をしていません。
一方、中学校で歯科健診を受けた生徒は2万4680人。このうち8269人(33. 5%)が要歯科受診と診断されました。そして、要受診と診断された生徒の内で歯科を受診した生徒は2796人で33. 8%にとどまり、66. 2%の生徒は受診していませんでした。
以上のことから、小学校では約5割、中学校では6割強の児童(生徒)が要歯科受診と診断されたにも関わらず受診していない深刻な実態が浮かび上がりました。※受診した児童(生徒)は治療報告書等を提出した児童(生徒)の数であり、受診したが報告書を提出しなかった児童(生徒)は含まれていません。
●「口腔崩壊」を確認した学校数が小学校は5割、中学校は6割
第二の設問では、「近年(2〜3年以内)でさまざまな事情で歯科治療を受けることができず、口腔内が崩壊状態(例えば、一人でむし歯が10以上ある、歯の根しか残っていないような未処置歯が何本もあるなど)であるとみられる児童(生徒)に出会ったことがありますか?」と尋ねました。
その結果、「ある」と回答した小学校は54. 0%、中学校は62. 6%、全体は56. 7%となりました。同様の調査を前年度に大阪歯科保険医協会と長野保険医協会が行っていますが、「口腔崩壊を確認したことがある」と回答した小、中学校について大阪歯科協会調査では全体で54.1%、長野協会調査では44.5%、宮城での調査結果が一番高い数値を示していることが分かりました。
口腔崩壊を確認したことがあると回答した学校に具体例を挙げてもらったところ、「乳歯が根しか残っていない状態で何か食べると歯が欠ける」「奥歯が溶けて無くなっているため、良く噛んで食べることが出来ない児童が3〜4名いる」など深刻な事例がありました。
一方、意見欄には「むし歯は減っているが、歯垢、歯肉の状態に所見のある児童が増えている」という意見が多数挙げられ、そのような児童(生徒)をどのように受診につなげていくかも今後の課題となります。●子ども達の歯科未受診の現状
意見欄等より歯科を受診しない理由を分析(重複カウントあり)すると、「親の歯科保健意識の低さ」を挙げたものが3割を超え35.4%、次いで「仕事など家庭内の事情」が25.2%、「本人の歯科治療への忌避」が18.5%、「治療費負担の重さ」が7.6%、「歯科受診の地理的困難」が7.0%、「その他の原因」が6.3%という結果になりました。(回答率は理由記載の総数の内で計算し、無回答などは統計内に含まれていません。)
「親の歯科保健の意識の低さ」には「乳歯のむし歯は抜けるので放置している」などの記載がありました。また「保護者の歯の健康に対しての意識が高いほど早期に受診する」など、保護者の歯科保健に関する意識の差について二極化を指摘する意見が多数ありました。
「仕事など家庭内の事情」には「母子家庭(または父子家庭)であるため手がまわらない」や「両親が共働きで仕事が忙しい」などが記載されていました。
「本人の歯科治療への忌避」には「歯医者を怖がって行かない」「歯科受診よりも部活動や塾を優先する」などの記入がありました。
「治療負担の重さ」には、「家庭の金銭的事情のため、全く歯科へ行かない児童生徒たちがいた」などの意見がありました。
「歯科受診の地理的困難」には「児童・生徒が一人で通院できる範囲に歯科医院がない」といった意見の他、「震災の影響で近所の歯科医が引越してしまった」「震災後道路が整備されておらず、気軽に学校帰りに通院することが困難」などの意見もあり、震災が子ども達の歯科受診状況に少なからず影響していることも分りました。●受診しやすい環境の整備が急務
調査結果より、要受診と診断されたのにもかかわらず未受診の児童(生徒)が多数いるという実態が明らかになりました。未受診のままでいることは、病状の悪化を招いたり、子どもの健全な発達に影響を及ぼす場合があります。
未受診の児童(生徒)を無くすために、可能な限り受診しやすい環境を作ることが急務です。そのためには、まず医療機関での窓口負担を出来るだけ減らすことが基礎的で重要な条件と考えられます。
宮城県の子ども(乳幼児)医療費助成制度は、対象年齢が3歳未満(通院)と、全国的にも最低水準です。そのために県内市町村の対象年齢も、就学前までという自治体が7自治体あり、県内最高の18歳まで(2自治体)と比べると大きな差が生じています。(2014年4月1日時点)
もちろん子ども(乳幼児)医療費助成制度の拡充だけで全ての未受診がすぐに解決するわけではありません。しかし全ての子どもが、いつでも、どこでもお金の心配なしに歯科医療機関に受診できる体制の整備は必要不可欠なことではないでしょうか。
また、子どもの歯科受診には保護者の歯科保健への意識が大きく関係するという意見が多くあったことから、医療に携わる側から保護者に向けて、幼少の頃からの歯科治療の重要性を、これまで以上に伝えていくことが大切だと思われます。●学校現場の先生方からの要望を受けて
今回、学校歯科治療調査に協力頂いた学校現場の先生方から、たくさんの意見や要望を頂きました。「保護者や児童(生徒)に何度も治療を勧めているが受診までには繋がらない」「給食後の歯みがき指導、学級指導も実施しているが、なかなか難しい現状がある」などの意見や、児童(生徒)の口腔状態を心配する意見も多く寄せられました。歯科の未受診や子どもたちの「口腔崩壊」の問題について、先生方の懸命な取り組みがある一方で、それでも解決できない深刻な状況があることに気づかされました。私たち医師、歯科医師と学校、更には地域との連携を強めることが必要だと思われます。
この他に、歯科校医間や歯科校医と受診先歯科医院との診断基準の差を指摘する意見や、それらを改善して欲しいといった要望も多く頂きました。これらの意見や要望に関しても、改めて検討していきたいと考えています。