第45回保団連 夏季セミナー 分科会A
国の医療政策と医療機関の対策
診療報酬改定全体の方向性、及び地域医療構想を踏まえて
講師:池上直巳慶應義塾大学名誉教授
7月4-5日、東京・都市センターホテルで開催された第45回保団連夏季セミナーに参加した。ここでは、第2日午前に参加した分科会の講演内容を報告する。事前配布のパワーポイントと私のメモをもとに整理した。十分理解出来ない点があったが、講演趣旨を伝えるように心がけ整理した。
尚、この講演では、国の「政策」を理解し、医療機関としての「対策」を立てることをアドバイスしている。主として病院、入院医療・機能について触れられ、診療所での外来診療については述べていない。しかし、今後の医療を見通すにあたって、国が2025年に向けて目ざしている「政策」と「対策」がわかりやすく話されているので、診療所にとっても参考になると思う。
Ⅰ 診療報酬改定の方向性
◎医療・介護改革の重要性
・医療機関の経営指標は国の制度改革で一変する。
・国の「政策」を理解し、「対策」を立てる。
介護報酬にも対応し、「医療と介護の一体対策」が必要である。
◎地域医療構想よりも、診療報酬改定のほうが重要
・診療報酬の改定があって、動く。地域医療構想単独では大きく変わらない。
・だが、地域医療構想は、診療報酬改定で後押しされる可能性もある。
◎診療報酬は、3段階で改定される
1.全体の改定率は過去3年の実績を踏まえ、国の予算に収まるように決定する。
2.個々の行為・薬価等の改定率は回数の多い項目が、医療費への影響が大きい。
薬価は必ずマイナス改定、これまでは本体の追加財源にしていたが……。
3.個々の行為等の請求要件の改定。
・2、3は厚労省と医療団体の交渉で決まる。
◎なぜ財務省に改定の主導権?
・医療費全体の25%が国税、国の一般会計の1割が医療費。財務省の発言力は大きい。
・国の予算と改定率は不即不離の関係にある。財務省の目標は−6%、医療費は増加しない。
(毎年3%増加している)
◎診療報酬の「評価」とは
・「評価」とされることは診療報酬として認知する。条件次第では急速に普及する。
・例えばターミナルケア加算。件数は13年6月4714件。在宅死亡者の3分の1。 その後、在宅死亡割合は高まっていないが、終末期医療に対する関心は高まっている。その結果、在宅死亡は減少の一途をたどることはなくなった。
◎請求要件の改定
・7対1基準は厳しい要件である。次回改定では、高度急性期、急性期病床も削減するために、さらに厳しい要件となる可能性がある。
・急性期病床の人員配置基準を医療法で規定し、それを根拠に行う可能性もある。
◎病院の「対策」
・収益は、診療報酬で規定されているため限られている。
・収益管理は、地域包括ケア病棟、在宅看取りなどが評価される。
入院時診療計画のように導入時は加算、普及時は実施しないと減算される。
・コスト管理では、医師の理解と協力を得て納入する種類を厳選する。
・人件費については、他業種と比べ、抑制は難しい。診療報酬の収益の範囲内でいかに医師・看護師を確保するか。金銭的報酬と非金銭的報酬のバランスを考える。いかに非金銭的報酬の価値を高めるかが大切。
◎DPCにおけるサービスの政策誘導。なぜDPCを選ぶか。
・DPC分類・点数・入院期間は、実績に基づいて改定され、出来高払いのように政策的に誘導されない。だが、係数は政策的に新設・改定され、サービスを誘導する。
・03年度には82の特定機能病院だけが対象であった。14年度は1585病院(21%)、49万一般病床(55%)に増加した。地域における急性期病院として認知されることを期待している。
・収益アップは、導入前の出来高払いの時の請求額と、DPCによる支払額の差額全額を、各医療機関毎の「調整係数」で保証している。
◎DPC病院としての「対策」
・在院日数の減少を新入院患者数の増加で、病床利用率を維持する。
・自院・近隣病院の入院医療の詳細を把握する。
・将来計画において拡大・撤退すべき分野を見極める。県も選択・集中・連携を図るはず。自院の経営戦略と県の地域医療計画の目的が一致するよう対応する。
◎慢性期包括評価
・導入されるまでの経緯・課題
老人医療費の無料化で社会的入院増加し、福祉施設の代替の役割を果たすようになった。その結果老人病院の「薬漬け、検査漬け」が社会問題化した。
1990年より、薬剤・検査は全て包括し、一定の看護・介護職員配置で、全患者が同じ診療報酬額となった。
医療ニーズの低い患者の増加(医療による福祉介護の代替)した。
・国の「政策」:03年度慢性期包括評価を開発した。コストのかかる患者に高い点数をつけ、重症患者を積極的に受け入れるように導いた。
◎なぜコストを反映しない点数に? 病床削減を狙った。
・06年度、コストを反映しない点数とした。慢性期包括評価の「政策」を変更した。
慢性期の報酬を大幅に下げ、平均で-10%となった。
・中長期的医療費抑制政策を策定する必要があるとした。
在院日数が長い原因は病床数の多いこととみて、医療の必要性が低い患者の点数をコスト割れに設定(医療区分1の点数を不採算な水準)し、病床削減を狙った。
・しかし、療養病床数はもくろみ通り減少しない。なぜか?
病院側は医療区分1を減らす工夫をした。患者の状態をきめ細かに把握し、医療区分変更し、医療区分1の患者減少させ、更に医療区分1の新規入院を抑制するなどの対応をした。(これは、療養病床を必要としている患者が多いことの証明である!!)
◎その後の国の「政策」
・2010年度改定、医療区分を9つにし点数格差を縮小し、医療区分と看護介護体制の組み合わせによる2分化した。13:1で90日超えの患者にも慢性期包括評価を適用した。
・2016年度には療養(慢性期)病床削減のための改定?
例えば、看護介護配置20:1でない場合は、不採算レベルまで点数引下げ?
・病院の対策では、看護介護体制の維持に一層注意を。
Ⅱ 地域医療構想
◎歴史的背景
・医療計画を導入(1985年度)
開院、増床を規制した。既存病床はそのままで、病床規制以外なかった。
・13年度、計画に5疾患(がん、脳卒中、心筋梗塞、糖尿病、精神疾患)・5事業(救急、 災害、へき地、周産期、小児)に加え、在宅との連携体制を位置づけた。
・2025年度を照準に地域医療構想に基づく医療計画では、病床区分ごとに病床数を規制し、 基金から病床転換整備費を交付する。構想区域の「必要量」を超えれば、病床区分の変更 ・病床削減を行うのか?
◎地域医療構想の概要
・病床4区分を定め、国は「必要量」を算定する方式をGLで提示する。
・県はGLに基づいて、2次医療圏を基本とする構想区域ごとに、病床の必要量を計算する。
・病院は、病棟ごとに病床の4区分を届け出る。
・県は、各区分の機能に合致しているかどうかをレセプトで確認し、病床数が「必要量」と の過不足を確認する。
・問題があれば、病床の変更・削減を、公的病院に命令し、私的病院には名前の公表を行う。
◎病床4区分とその機能
・高度急性期:ICU等の密度の高い医療の患者が対象。大学病院がすべて含まれるわけではない。
・急性期:DPC入院期間Ⅱ、Ⅲの1日あたり平均点数の患者が対象。
・回復期:急性期を経過した患者に在宅復帰に向けた医療とリハビリを行う。誤嚥性肺炎、 術後の腸閉塞等の軽症急性も含まれる。
・在宅(慢性期):長期にわたり療養が必要か、重度の障害者が対象。
・各病床区分の分岐点は入院基本料を除いた1日あたりの点数による。在宅(慢性期)分岐 点(慢性期の分岐点175点は、退院調整を行う期間の需要推計のみ)は示されていない。 GLの解説では、在宅と同じ扱いで、削減の対象となるのか?
◎病床4区分とその機能の問題・課題
・高度急性期、急性期の整備で医療は効率化するか?
回復期の整備が重要である。
患者の特性によるよりも、どの病院に入院したかにより、医療の内容? が決まる。
・提供される医療は何によって決まるのか?
同じ肺炎でも、「高度急性期」に入院すれば3000点以上の医療、「回復期」に入院すれば 600点以下の医療が提供されることになる。
・在宅における総合診療医、訪問看護師をどう養成・配置する?
・診療報酬における対応とどう整合性を持たせる?
DPCは病院単位、地域包括ケア病床はどの病床区分からも申請可能である。
・地域医療構想調整会議において、病床の区分変更・削減に合意できるか?
・ヒト・モノ・カネがない。
知事に責任を課しても権限は乏しい。
県庁職員は異動し、専門知識の蓄積ができない。
地域医療介護確保総合基金:国費の交付金602億円うち、病床の機能分化・連携にかん する事業に配布されるのは115億円(19%)のみ。一県当たり数億円に留まる。
◎法人の「対策」 検討課題
・次節の介護事業も合わせ考え自法人の経営戦略を作成する。
・自法人の、強み(患者が増加している分野)、弱み(患者が減少している分野)、機会(新 しい医師採用、高齢者住宅建設)、脅威(近くに病院新築移転)の分析を行う。
・何を提供し、何を他に任せるのか計画する。
・連携先にどう対応? 開放・閉鎖型を同時活用?
・終末期医療:地域医療構想では明示されていない。在宅で暮らすことが暗黙の了解か。死 亡退院の割合は今後倍増する。がんの終末期は短く、それ以外では長い。
・延命医療に関する事前指示書を作成する。家族が判断すれば、救急車搬送を避け、心肺蘇 生を避けられる。治療ケアチームによる対応がより容易になる。
Ⅲ 医療から介護、「施設」から「居宅」に
◎なぜ、医療から介護?
・高齢化がすすみ、完治できず、ケアを要する患者が増える。
・介護の方が一人当たりの財政負担が少ない。
医療費は青天井(1千万円を超えるレセプト、医療ニーズに対しては平等、医療は医師の 判断で随時内容が変わる)、介護給付費は給付限度額まで、サービス単価は介護の方が低 い(人件費、医療職>介護職)。
◎「施設」から「居宅」に
・介護保険の「施設」
特養ホーム、老人保健施設、介護療養型医療施設。前記以外は、法規定上「居宅」とされ る。「施設」には居住費(部屋代、光熱費等)に対する「補足給付」がある。その結果、 「施設」への入所待ち1年以上となっている。
国は財政負担が大きいので「居宅」に誘導。
・「施設」ケアの抑制
特養の入所要件は要介護③以上になった。
介護保健施設:強化型(在宅復帰率>50%)、加算型(同>30%)を導入し「居宅」に 誘導する。
介護療養医療施設:法律では17年度末に廃止となる。
◎「施設」以外への誘導策の変遷
・グループホーム、特定施設(有料老人ホーム等)を推進した。
介護費全体に占める割合が増大:02年2%、11年11%。
補足費+アメニティ分を入居者が負担している。
・グループホーム、特定施設の規制が始まっている。
グループホーム利用により、立地市町村の保険料が上がるため、入居者を当該市町村の住 民に限定している。
特定施設に対する窓口規制:11年度に廃止されたが、市町村による規制は続いている。
・サービス付き高齢者向け住宅の推進。
面積とバリアフリー化、安否確認と「相談」に対応すればよい。
現在18万戸、8年後に60万戸を建設予定し、1戸100万円を助成する。
純粋な「住居」であるので、規制の対象外である。
◎地域包括ケアシステムは実現するか?
・プログラム法からの抜粋。
目標:住み慣れた地域で能力に応じた自立した生活を営むこと。
体制:医療・介護・予防介護・住まい・生活支援を包括的に確保する。
・課題①:現在は地域運動の事例に留まる。
システムを評価・比較する入院率、自宅死亡割合等の指標は提示されていない。
・課題②:地域ケア会議のより効果的、効率的運用が必要。
◎法人としての「対策」
・国の政策は、医療より介護、「施設」より「居宅」を目ざしている。
国民は、少ない利用料で、家族に介護負担・金銭的負担をかけないで安心して過ごしたい。
・「施設」開設の可能性を検討する。その際市町村に公的助成を打診する。
・「施設」を開設できないのなら、利用者負担を少なくする受け皿を用意する。受け皿は、 特定施設か?サ高住か?
・課題:①軽度で入居しても5年すれば重度化する、②料金を地域の水準とどうマッチさせ るか?、③法人としての直営・委託・契約か?、④退院者のための短期利用契約の用意は?
まとめ
◎国の政策
・診療報酬のマイナス改定。
・急性期大病院に資源を集中。
・入院は短く、「居宅」に退院。
・地域包括ケアの推進。
・診療報酬と介護報酬の整合。
◎課題
・技術進歩はコストに中立? 医療職の給与水準は低下?
・虚弱高齢者のニーズに対応? 「回復期」がより対応?いずれを選ぶ?
・「居宅」の方が財政負担少ない? 要介護3以上の給付限度額は施設よりも高額になる?
・数値目標をどう設定、提示?
・同一建物における減額は?
◎法人としての「対策」、認識を改める。
・多くの理事長・病院長の認識は、急性期入院医療が医療の王道であり、自院で医療を完結 させることで患者に対する責任を全うするであった。
・このは認識は以下のように変える必要がある。
・虚弱高齢者のケアにおける急性期入院患者の割合は小さい。
・拡大する分野と撤退する分野を選別し、撤退する分野は他の医療機関との連携で対応する。
・地域医療構想による提供体制の改革は未知数だが、診療報酬改定によって追求される可能性も踏まえて「対策」を講じる。
・自法人介護事業所、連携先と一体で、患者を継続的にケアする。
◎経営陣の責任
・どの分野に、どこまで時間を割くか?常に機会費用を念頭におく。
・国の「政策」に受け身でなく、法人・病院の「対策」を立て、職員の理解・賛同を得るよう努力する。
・職員を引き付けるのは、経営陣のビジョン・理念・人間性に対する共感する。