講演要旨「拡大する高齢者の貧困と現状―『下流老人』から社会に働きかける―」(2017.4.1)


拡大する高齢者の貧困と現状―「下流老人」から社会に働きかける―

特定非営利活動法人ほっとプラス 代表理事
聖学院大学人間福祉学部客員准教授   藤田孝典

藤田孝典氏 日本には高齢者の貧困が広がっています。わたしは貧困に苦しむ高齢者をあえて、「下流老人」と名付けて問題提起をしています。この下流老人が日本では大量に生まれ続けているのです。この造語あるいは言説に込めた想いを聴いていただけたらと思います。
 下流老人とは、わたしが作った造語であり、「生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」と定義しています。2015年に『下流老人―一億総老後崩壊の衝撃―』、2016年に『続・下流老人―一億総疲弊社会の到来―』を朝日新聞出版から発刊しました。そのなかで、下流老人とは文字通り、普通に暮らすことができない下流の生活を強いられている老人だと説明しました。しかし、そのような老人をバカにしたり、見下すつもりはありません。下流といわれていい気がしないという声も多く寄せられています。
 むしろ、そのような老人の生活から多くの示唆をいただき、日本社会の実情を伝える言葉として、創造したものだとご理解いただきたいです。その下流老人は、いまや至るところに存在しています。そして数は拡大が続いています。日本総研の研究調査も同様の指摘をしています。2035年には、生活保護基準以下の生活を強いられる高齢者は全高齢者の3割に及ぶというものです。今後の日本を見据える論調はいつになく増えてきました。

 スーパーマーケットでは、見切り品の惣菜や食品を中心にしか買えずに、その商品を数点だけ持って、レジに並ぶ老人。
 そのスーパーマーケットで、生活の苦しさから万引きをしてしまい、店員や警察官に叱責されている老人。
 あるいは、医療費が払えないため、病気があるにも関わらず、治療できずに自宅で市販薬を飲みながら痛みをごまかして暮らす老人。
夏場に暑い中、電気代を気にして、室内でエアコンもつけずに熱中症を起こしてしまう老人。
 家族や友人がいないため、日中は何もすることがなく、年中室内で一人テレビを見ている状態にある老人。
 収入が少ないため、食事がインスタントラーメンや卵かけご飯などを繰り返すような著しく粗末であり、3食まともに取れない状態にある老人。
 ボロボロの築年数40年の持ち家に住んでおり、住宅の補修が出来ないため、すきま風や害虫、健康被害に苦しんでいる老人。

 わたしたちのもとに相談に来られる高齢者はこのように後を絶ちません。
 内閣府「平成22年版男女共同参画白書」によれば、65歳以上の相対的貧困率は22.0%です。さらに、単身高齢男性のみの世帯では38.3%、単身高齢女性のみの世帯では、52.3%です。日本の単身高齢者の相対的貧困は極めて高く、高齢者の単身女性に至っては半分以上が貧困下で暮らしていることになります。特に女性の貧困は高齢期にもその姿を現します。ジェンダーギャップ指数が著しく低い日本において、この女性の貧困は同様に解決すべきものだと思います。要するに、男女とも、1人分の年金が所得保障の役割を負いきれていない実態が理解できます。だからこそ、女性はより弱い立場に置かれているのです。
 現在すでに約600万人が一人暮らしをしており、うち半数近くはこのように生活保護レベルの暮らしをしています。一般世帯よりも高齢者世帯の方が貧困状態にある人々が多いのです。年金の受給金額が低いことや、働いて得られる賃金が少ないこと、家族からの仕送りも期待できないなど、収入が低い理由は多岐にわたります。
 そして、深刻なのは、下流老人の問題は現役で働く世代も将来陥る問題であるということです。現在65歳の人で20歳から60歳まで厚生年金に加入していて、40年間(480カ月)保険料を払ったとします。年収が400万円を超えて平均月給与が38万円の場合、厚生年金部分は、年間約120万円支給されます。国民年金部分は、年間約78万円支給されます。だから、合計金額は約198万円で、月に直すと約16万5000円が支給される年金ということになります。
 あるいは、そこまでの収入がない場合もあります。現役世代の賃金は非正規雇用の拡大などから下がっているわけですから、平均月収が38万円もないという場合も多いです。40年間の平均給与が月25万円で計算してみます。そうすると、現在65歳の人は、厚生年金部分は約79万となり、国民年金部分は78万となります。合計しても157万であり、月額 約13万円しか支給されないのです(日本年金機構の水準により計算)。
 国民年金のみの場合では、年間の支給額は約78万円だけであり、月額は約6万5000円です。そして、これから年金支給額は実質的に下がることが予想されています。この支給水準を保つことも難しいのです。
 そして、非正規雇用や不安定雇用が拡大し続けているなかで、それ以下の年収であれば、生活保護基準を割り込んだ年金支給額しか受け取ることができない場合も多く想定されます。さらに、忘れてはいけないのは、年金受給者には課税や保険料徴収があることです。実質の手取り金額は、ここからさらに数万円減少するのです。
 高齢期は病気や介護など予期せぬ出費が増える時期でもあります。それまでに、個人的にも政策的にも、相当な準備をしておかなければ、下流になってしまうといえます。高齢者の貧困は、とても自己責任などといって本人を責めていられるような悠長な状況にはありません。
 では高齢者の貧困に対して、私たちはどのように対抗したらいいのでしょうか。対策には個人的なレベルと社会的なレベルがあります。まず個人的なレベルですが、定年後も一定の収入を得る方法を構築しておくことも大事です。専門的な技術やスキルを活かして働き続けることが求められます。可能であれば週に数日でも所得を補う上で、労働収入は重要だと思います。さらに、貯蓄や資産形成をしておくことが言うまでもなく大事ですが、資産は金銭的なものばかりではありません。人間関係も資産だと考えます。お金がなくても家族や友人、近隣に一部を補ってもらいながら暮らしている高齢者もいます。うまく周囲に「依存」することができる関係性を築いておく必要があるのです。経済的な対策に限らず、日本年金者組合など高齢者の集団に所属したり、組織での連帯を強めていくことも重要だといえます。
 さらに低年金や低賃金の場合、最低生活費に足りない分を生活保護費として受け取ることも可能です。生活保護はお住いの福祉課で申請することができます。ご自分の自治体の最低生活費はいくらなのか、気軽に問い合わせてみてください。その額に満たなければ生活保護が受けられます。生活保護というと恥ずかしいという意識もありますが、そのスティグマを乗り越えていく工夫や努力が必要です。まずは困ったら誰でも生活保護が受けやすい環境にしておくように、私たちの意識も変えていかなければならないと思います。
社会的なレベルでは、政府や自治体に対して、低年金でも暮らせるような生活インフラや社会資本を整備するように求める必要があります。例えば、日本は先進諸国でも有名な住宅費負担が重たい国です。住宅ローンの返済や家賃に多くの支出をしています。公営住宅や社会住宅を今のうちから増やし、家賃補助制度を導入することも求めなければ、住宅すら失いかねない老後が待っています。要するに、収入が少ないのだから、支出も少なくて暮らせるような社会にしなければならないのです。
 そのためには全国で増え続ける空き家を活用する方法もあります。埼玉県越谷市では「越谷市住まい・まちづくり協議会」が空き家バンクを設立し、地域にある空き家を住民と協議しながら活用する取り組みが始まっています。空き家を借りたい人やNPOへ仲介する取り組みです。この他にも空き家活用に向けた議論が始まっていますので、空き家バンクの取り組みにも注目ください。

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