投稿「市販薬での自己責任医療の危うさ」


市販薬での自己責任医療の危うさ

宮城県保険医協会理事 八巻 孝之

 国は、医師の処方箋がなくても薬局や薬店、ネットで購入できるOTC薬と有効成分が類似の医療用医薬品を健康保険で使えなくすることを年末に向け検討中です。これまで、ビタミン剤、うがい薬、湿布などの一部で実施されてきました。医療用の医薬品が使えなくなると市販薬で済ますことになりますが、専門家の医師によらない、自己責任の医療となります。

 とりわけ、花粉症の治療薬が焦点となっています。単剤の場合、医療機関で処方してもらう場合と市販薬を薬局やドラッグストアで購入した場合では、患者負担にほとんど差がなかったという論調があります。処方してもらう場合は、医療機関に支払う初診料や薬局に払う調剤料などが薬代に加わる費用を含めると、市販薬は薬代だけで済むために差がないというカラクリです。

 場合によっては、全ての漢方製剤も該当するかもしれません。漢方は特に古くから議論の的でした。費用対効果の意味でも比較的薬価が低い漢方薬を有効的に使用することは医療費の適正化にも貢献できる可能性が高いのですが、医療費抑制策の手法として漢方薬が保険から外され医療現場での使用が減少すれば、日本の医療界にとって大きな損失となるでしょう。単純にOTC類似薬というだけではない漢方の有用性を考慮すべきだと思います。にわかにOTC類似薬の保険外しが話題となっているのは、やはり財務省による財源削減達成のためでしょう。賛否両論を示す日本医師会においても、将来的にはいろんな検討が必要であるとしてOTC類似薬を保険給付から外す考えを容認しているように感じています。

 今や医療情報の入手が簡単な時代ですが、医療上必要な医薬品が類似の市販薬が販売されているという理由で健康保険から外れると、適切・的確な医療提供ができなくなります。また、OTC薬で症状の改善がない場合やさらなる不調が生じた時、有効・無効の判断や副作用を疑っての検査等が遅れ、大きな健康被害や経済的損失が生じるリスクが生じます。実際、風邪薬でのスティーヴンス・ジョンソン症候群(皮膚粘膜眼症候群・重傷薬疹)や胃薬での進行性胃がんの発見遅れ、ウェルニッケ脳症(ビタミンB1 の欠乏による重篤な神経疾患)なども指摘されています。自己判断で市販薬を服用しているうちに気管支喘息を呈したり、湿布等にはアレルギー等もありますので処方するべきと考えます。漢方薬、ビタミン剤、花粉症薬などの保険外しは、受診をしなくても薬を購入でき、決して患者の益とはならず、病気の発見の遅れにつながりかねません。医薬品の保険外しは危険なのです。

 ドクターにとっても、患者さんに「ごめんなさいね、この薬は保険が利かなくなったから薬局でOTC薬買ってください」と言ったところで、多くの場合患者の方から「じゃあ保険が利く薬にしてください」と相談されると思います。指導や監査の際に「どうして保険が使える薬に変更したのか」と詰め寄られたら、「より強い効果を期待した」と説明することでしょう。そうすると、1錠32.70円のクラリチン後発薬が1錠75.60円のビラノアに変更され、結果的に薬剤費が増えてしまわないのでしょうか。

 ここで思い出すのはビタミン剤です。厚生労働省は、2012年度の診療報酬改定においてビタミンD製剤を含む全てのビタミン剤について単なる栄養補給目的での投与を医療保険の対象外としました。この時、財務省は164億円の医療費削減効果があると試算していましたが、蓋を開けてみたらビタミン剤の薬剤料は2012年度以降も増えています。また、貼付薬の処方枚数制限では、それまで1処方当たり上限70枚だったものが63枚になり、現場の人々からはやや失笑をかっていました。この貼付薬の問題では、枚数を減らせばそれでいいのかという疑問があります。保険で貼付薬が給付の対象外となったら、困るのは誰でしょうか。良質な医療を安く受けたいと願うのは患者誰しも同じ思いでしょう。

 医療費の抑制は大きな課題となっており、今後どのような対策をとっていくかは重要な鍵となります。現状の皆保険制度を維持していくためには対策を練っていかねばならず、その傍で、自己負担金が増えることや保険料の引き上げが起こる可能性も出てきます。そのような背景が想定される中、国がセルフメディケーションを進めています。セルフメディケーションとは、「自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当てすること」と定義しています。所得控除が受けられるセルフメディケーション税制(医療費控除の特例)も2017年よりスタートしました。

 一方、医療を誰もが十分に受けられる仕組みが生存権保障(憲法25条)の下で確保され、保険料や税金を事前に各自で負担しています。OTC薬は、受診より安い場合もあると主張する保険者もいますが、受診は私達の権利であり、医学的にも問題です。健康保険で医療に必要な医薬品は提供できる制度でありつづけることが、制度の信頼性や十分性を高め、負担の理解を促し、世界に向けて誇れる皆保険制度の持続可能性を確固たるものにしなければなりません。セルフメディケーションの到来は、日本の国民皆保険制度の大きな問題点の一つといえそうです。

 今後、日本の健康保険制度や診療報酬の改定などについて審議する中央社会保険医療協議会において話し合われていく予定ですが、医療費の抑制に向けた診療報酬を決める議論はますます本格化していくと考えられます。OTC類似薬の保険外しのように、医療費の抑制に向けて診療報酬を決める議論はますます本格化していくと考えられます。国民の医療と暮らしを守る当協会は、どのような議論になっていくのか注目していく必要がありそうです。

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