投稿「またもや暴走、見切り発車のマイナ保険証」


またもや暴走、見切り発車のマイナ保険証

宮城県保険医協会理事 八巻 孝之

◆またもや暴走
 マイナ保険証は、海外に後れをとる日本が、医療DX化を一挙にすすめる突破口とするはずだった。しかし、次々と起こるトラブルに、医療の現場や患者の間の不信感が増幅し、利用率は下がり続けている。ところが、である。岸田首相は12月12日、予定通り現在の紙の保険証を来年秋までに原則廃止する方針を表明した。マイナンバーカードと一体にしたマイナ保険証に移行する。マイナ保険証を持たない人には保険資格を証明するための「資格確認書」を発行する。

◆相次ぐトラブルの背景
 マイナ保険証に別人の情報が紐付けられたミスは11月末までの総点検で8695件、そもそも情報が紐付けられていなかった事例も8月時点で70万件超発覚している。さらに、患者が窓口で支払う医療費の負担割合が異なって表示されるトラブルは2万1574件超確認されている。原因は、被保険者のマイナンバーの未提出や事務処理のミス、システムの仕様の問題など、多角的かつ多岐にわたって、構造的な「突貫工事」の成せるトラブルである。
 日本のデジタル化の課題は、デジタル化の裏にある制度の複雑性である。例えば、公務員の共済組合、会社員の健康保険組合、業種ごとの国保組合、自治体ごとの国民健康保険などである。後期高齢者医療制度もあり、さまざまな保険制度が混在している。正確に個別データを維持管理するのは難しく、制度の複雑さをシステム化するのは非常に困難な現況にあると考える。その上、財政基盤が脆弱で十分な資金と人力を投入できていないのだろう。本来であれば、保険制度そのものを簡略化するなど、すっきりした制度に改革しないとデジタル化は難しい。
 デジタル先進国の一つとされるエストニアでは、ICカードの取得は義務化されているが、保険証は廃止されていないという※1。エストニアの保険制度の仕組みはシンプルである。しかし、以前は17保険機関が存在していた。日本政府は、デジタル化のためにマイナンバーカードの普及が不可欠だと協調するが、保険制度そのものを簡略化するなど、業務の効率化と自治体の負担軽減を考えた整理統合を同時に進めるべきであった。

◆本末転倒な総点検
 岸田首相は、マイナンバー制度で多発したトラブルの総点検や再発防止への対応にめどが立ち、廃止に国民の理解が得られると判断してのことだという。ミスの再発防止として、システムの改修や省令改正に着手し、手作業での入力ミスを防ぐためのデジタル化も進めるらしい。
 トラブルが相次ぎ、損なわれた信頼と不安は払しょくされているとは言い難い。いまだに、紙保険証の廃止を急ぐ必要があるのか、まったく理解できない。多くの国民にかかわる複雑なシステムで、間違いをゼロするのは難しいだろう。日本政府にとって極めて重要な問題とは、個人情報を扱っているという意識の希薄さであり、重要なはずの安全性の確保を軽視してきた岸田首相の責任はことのほか重い。とはいえ、「今後国民に、より質の高い医療などのメリットを感じてもらえるよう医療機関や保険者とも連携して利用促進への取組みを積極的に行っていく」という。
 現在、医療機関でのマイナ保険証の利用率は1割に満たない。デジタル化を急ぐあまり、医療機関や患者の利便性を軽視するようでは本末転倒、利用率が低下しているのはマイナ保険証に対する国民の不信感の表出なのであり、損なわれた信頼は決して取り戻してはいないのである。国民の医療と暮らしを守るわれわれ宮城保険医協会は、全国保険医協会や全国保険医団体連合会と一丸となり、何が何でも来年秋の紙保険証廃止方針を撤回させねばなるまい。来年こそ正念場である。

※1 島崎由美子, 八巻孝之. 迷走する日本、海外の国民ID事情が示唆すること.「待合室に置く診療研究:現代医療のキーワード2023~2024」月間診療研究593. 東京保険医協会. 2023年12月08日発刊. https://www.hokeni.org/docs/2022112800017/

(2023/12/13)

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